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2011年4月24日日曜日

ママ、59歳の誕生日!

今日4月23日はママの59歳の誕生日でした!
パチパチパチ。。!


弟嫁が舞浜のヒルトンでランチを予約してくれて、弟夫婦と私と両親のいつもの5人で中華のブッフェへ。(本当は別のレストランへ行くはずが、ホテルは営業していてもしまっているお店が多く、、)
お花くれたり写真撮ってくれたりケーキまで手配してくれて、さんざんおしゃべりして、最初はきつそうだったパパもどんどん笑顔が増えて、楽しい時間を過ごせました☆

ホテル内で結婚式の聖歌が流れてきた時、私たちの結婚式ではほんとにほっとしたと、、思い出すと泣けてくると言って涙ぐんでいたのを見て、去年バタバタなまま始まって終わっていたので、そんな風に思ってたんだなって、私も思わず涙ぐんじゃいました。。

最近のパパは、一見見た感じは元気そうなのだけど、腫瘍はMRI撮る度に広がってしまっているし、暑い、寒いなどの五感もまた敏感になってきていたり、足があがらずお風呂に一人で入るのが困難になってきたりとパパの状態も急激に悪化してきていて、かなり心配な状態ではあるんだ。。

今まで頭の痛みは、放射線終わってからはあまり言わなくなっていたんだけど、つい数日前からは痛みを訴えだすようになり、、
脳天を突き刺すような、ぴきーっとした痛みが走ると言い出しました。手術をした側の、おでこですら皮膚を触っても痛く、今日なんて、みるみるタンコブのようなじんましんの固まりのようなものも浮かんできました。


まるで、手術後ひどかった1年前を彷彿とさせ、一昨日、昨日とママがメールで不安を訴えてきていたので心配でした。
きっと、、抗がん剤の副作用なんだと思います、、
なんとかしてあげたくてもできないもどかしさを抱えながら、とにかく不快にならない程度に気を紛らわせていたわってあげようと努めてます。
やはり笑っている間は忘れていられますもんね!

でも今月はなんと、そんな状態でもかなり行動したんです!!これが、実に結構な活動。


4/3の私の結納一周年記念日には、去年は来れなかったパパのリベンジを果たすべく、ママの誕生日を兼ねてとうふ屋うかいでお祝いしました。そこにTのご家族もJoinしてくれて、立派な結納リベンジが果たせました!お花屋さんに花束を届けてもらって、皆にお祝いしてもらえて本当に良かった^^
(私は去年と同じワンピースを来て、去年と同じ角度での写真を撮りました!パパが居なかった去年の写真と並べると、感慨深いものがあるね。。)

すぐ後の8日には、ママとパパが二人で念願の香港、それも憧れのPenninsulaへ!
全く欲のないパパが、出張で4回も行ったにも関わらず飲茶も食べてないし観光も一切できなかったからちょっと未練があるな、飲茶食べたいな、と言ったのを聞いてからはママが、
「何が何でも連れて行く!」
と即効手配。(ママの得意分野 ^^)

実際は一日の半分は寝ているような状態だったそうで、ママは置いて出かける気にもなれずじとっと部屋にいたそうだけど、それでもご飯はたくさん、二人で美味しく食べて、一度渡れば3年寿命が延びるという長寿橋を2回も渡り、途中からは車いす状態になりながらも無事に帰ってきてくれました。

帰ってきてすぐ、14日、やっと許可がおりたアバスチン(実際は香港行く直前におりたので、タイミングが悪く後回しに、、)の点滴!
治験の時と同じように、初回は90分の点滴です。
今度は間違いなくアバスチンが入っている。受けている時の感覚は特に前と変わらなかったそうだけど、私たちはこれにすごく期待している!!

そしてなんと、パパの会社の部長さんが家まで来てくださって、やっぱり仕事がしたいんだというパパに真剣に、かつユーモアも交えながら対応してくれて、なんと28日からリハビリ出社することになったのです!!
しかも、ママの席まで用意してくれると!! 
ママは、それには戸惑っちゃったみたいだけど(笑)初日は、とりあえず10時から11時の1時間だけとなりました。
なんて素敵な部長、、しかも起き上がれずに布団に横になったままのパパと話しながらそのうち部長まで横になって話し続けていたというから、なんて微笑ましい光景だろうと感動さえ覚えましたよ。
ほんとに良き上司に恵まれて良かった!!感謝感謝です。


そしてそして、今日は誕生日当日なので、改めてお祝いランチ、帰ってからもいっぱいおしゃべりして、一日のほとんどを寝るようになっていたパパが、珍しくほとんど起きていて今日は元気だねぇ!とママがびっくりしたほどでした。
やっぱり私や弟がいたり、いつもと違う刺激を受けるのが良いのだねと。もっともっと連れ出さなきゃ!
仕事復帰が決まった事でも元気が出たんでしょうね。


一年前の写真と比べると、身体も喋りも髪の毛も、本当に良くなりました。
前は髪の毛が抜け、あばら骨が飛び出て、ひどい真っ赤なじんましんのようなものが身体中を覆い、頭には黄色い粘着質のものがこびりついて常に痛み、かゆみを訴えていました。
口の中は腫れ、食べ物も少しの刺激もダメでほとんど食べれず激やせしてしまって精神的にもかなりやられていました。
今までに飲んできたテモダールの薬の袋を全部じゃないとはいえすごいたくさんとってあって、今までこんなに飲んできたんだねぇ、ほんとによく頑張ってきたねぇ、とパパの気持ちを思うと感動せずにはいられません。


その頃から比べると、今の状態はどんなに幸せなことか。。
性格や喋りに変化は見られるものの、大事なパパであることは変わりありません。

今回、大震災で、本当に突然命を奪われた方々やその家族がたくさんいることを思うと、、愛しい家族の時間をこれまで以上にたくさん過ごせていることにむしろ感謝すべきですね。


来年のママの60歳の誕生日もお祝いしよう!というパパの言葉を聞いて涙ぐんでしまうママ。
医者には、あと1、2ヶ月かもしれないと言われてしまったのだもんね、、
今の状態で、香港行けたことが奇跡なんですと、、



これを書いているのは夜中。(というか書いていると夜中になってしまう、、)

ママが寝る時、すでに寝息をたてているパパを心配そうにしばらく覗き込んで、寄り添うようにして眠りについているのを見て、本当に本当に二人を助けてほしい、と改めて神様に祈りました。。
パパは本当に誰よりも頑張っています。パパの頑張りを無駄にしないで下さい。お願いします。


*そうそう、ランチの後、弟夫婦はせっかく近いのでとあの嵐のような強風、雨の中、ディズニーランドへ。友達から聞いてはいたけど、本当に激空きで、ほとんどのアトラクションが0〜5分で乗れたそう!!
これで晴れていればこんなに楽しいディズニーはないとまで。
パパはどうしても乗り気じゃないみたいで、もったいないけど。。。

そうだ、GW中の私とTの結婚記念日にはディズニーに行こうかな^^


2010年12月13日月曜日

あれから1年。

ハネムーンに行ってきました!

帰国して一週間、すっかり現実の生活に舞い戻っちゃってるわけですが、、
それでもまだ余韻も波の音も残っていて、スキあらば目を閉じて思い出して浸っていますw
(これを現実逃避と言うのでしょうね、、)

それくらい楽しかった夢のような一週間だったわけですが、それもこれもパパが元気(、、?)で生きていてくれるおかげです。
安心して、今だけの特権を味わってきました!(神様、有難うございます!)

ハネムーンの話は別途たっぷりするとして、、w


先日の12月10日はパパの58歳のバースデーでした!

実家の近くの生けすのある石亭へお食事行ってきました。
風船とお花を買ってきてお店から渡してもらい、派手な帽子を被らせて(笑)ささやかなお祝いです。
最初は覇気がなく表情がなかったパパも、徐々に気が晴れてきたのか、笑顔が戻り、楽しんでくれたと思います。


思えば全ての始まりはちょうど一年前。
本当にいろんなことがあった「怒涛の一年」でした。


おじいちゃんの死去、パパ誕生日に人間ドック、クリスマスにガン発覚、年始に余命1,2年と宣告され、手術直前に家族で温泉旅行、すぐ手術、入院、治験開始。
私の引っ越し(実家へ)、弟の転職、私の結婚、そしてまた引っ越し、、

この間、目まぐるしく変わる環境、心情、移転によく皆耐えられたもんだと今となっては思いますね。。
それほど今は、比べると落ち着いているということで、常に一緒に居るママのことも考えると、本当にありがたいことです。


嬉しかったのは、先日の通院で、いつもあまり情け容赦のない感じの(すみません、、)担当医(名医です、念のため)の先生が、パパの経過を見て「間違いなくアバスチンが入っている」、と断言してくれたことです!!
プラセボかもしれない、誰にもわからない、とされる治験に運命をかけて、ちゃんと薬の入っているグループに入れたということは本当に神様はいる!と思わずにはいられませんでした!
パパの日頃の行いが良いからですね^^

この知らせをママからメールでもらった時、仕事中でしたが胸が熱くなる思いでした。
やはり希望は持つべきですね!
もしプラセボだったら、、  考えたくもないですね。。

でもパパは相変わらずな感じで、野菜・フルーツジュースを飲み、ノートをつけ、昼寝して、体重測ってお風呂に入り、ノートをつけ、お祈りして、、いつもと変わらず淡々と過ごしていました。
パパらしい。


昨日、ある本にあった一説にとても共感しました。

「老化による身体の衰えや、不幸にして治る見込みのない病に見舞われても、私たちは、”欠陥があるにも関わらず健やかである”という生き方を求めていくべきだと思います。」
つまり、健康とは数値に安心することではなく自分が「健康だ」と感じることであり、幸福とはあくまで心の状態であり、持続した心の平安こそがその本質である、ということです。

パパは体調に大きく波があります。
それこそ健常者には想像もつかない痛み、苦しみ、不安、絶望感というものに常に囲まれているのですから、痛みを伴う体調の悪さを感じる時にはそれはそれは意気消沈して気力を失い、表情もなくなる状態に陥ります。
それは自分でも自覚していて、メールでも「今日はダメな日です」と短い返事だけ返ってくる時があります。
それでも基本的には、普段は”ありのままを受け入れ”、”しっかり生きないとね”、”病気をしっかり生きる、ということだ”と真っ向から病気と向き合い、痛み以外のストレスはないと言います。
私が何か嫌なことがあって愚痴ったりすると、”それでいいんじゃない”と、おおらかな気持ちで包んでくれて、楽になります。
そして毎日毎晩、「今日も生きられました。有難うございます。」とお祈りするのです。

家と病院、近所の往復だけの毎日でも、希望を忘れず、今日も生きられた幸せに毎晩感謝しているパパの姿は、これこそが幸福の本質かな、としみじみ感じさせられます。


その本にはこうも書いてありました。
「人は自分の痛みには過敏だけど、幸せには鈍感である。」

急性胃腸炎で今回バースデーのお祝いに来れなかった弟(本当によく熱を出す。。ママに似て、扁桃腺が元々腫れているからそういう体質なんだそうです)は、どんなに仕事や病気で辛いことがあってもパパの辛さはこんなもんじゃなかった、大抵のことは乗り越えられる。
と言いました。

本当にそう。
私はストレスをため込みやすいタイプだけど、パパの置かれている現実、それでも”病気をしっかり生きる”と全てを受け入れる強さを考えると、謙虚な気持ちになれて何でもない日常でも幸せをかみしめることができるようになりました。

ただし、以前の自分とは違うな、、と思うところは、何気ない会話なのでしょうが、人を小馬鹿にしたり謙虚でない態度の人たちをみると、すごい拒否反応を示してしまうところ。。
以前は流せていたことでも、今は本当に嫌気がさしますね。
何様なんだろうって。
本人たちにとってはとるに足らない、面白可笑しく話しているだけなんですよね。。
そういう時は黙って聞いて、しばらくは距離を置いたり時間を置いたりして心を沈めます。
私はまだまだですね。。

パパの、”それでいいんじゃない”精神でこれからも皆で笑いながら、楽しい時間を過ごして行きたいな。ずっとずーっと。

パパ、Happy Birthday.
生きていてくれてありがとう!

2010年2月10日水曜日

一生忘れない日

バタバタしててタイミング遅くなりましたが、、5日の夜に帰国し、6日が私の誕生日でした。



ここ数年、同じ時期に同じ出張に行ってます。一年で最もキツイ出張です。
去年は6日にドイツを出、日本に着いたら誕生日はすでに終っていたので、、今年は5日までに帰国!を目指しました(笑)




ずーっと、分刻みのスケジュールで移動も多く、さすがに疲れたー@@;
でもこれでやっっと一安心です。。


日本に着くや入っていた母メールでは、風邪とかひいていたら帰ってくるなと、、、
電話して、ひいてないけど帰っていいでしょうか、、と聞いたら、いいけどすぐにお風呂入って消毒、マスクね、と。
はーい(^^;)

それでもパパもママもおばあちゃんも、笑顔で迎えてくれました^^
そこへちょうど弟もきて、急にまた賑やかな家族 de 夕食タイムになりました。


でもパパの調子が良くなったのはついこの日から、それまで出張中、ずっと熱と吐き気が止まらず、大変だったそうです。。私に心配かけまいと弟は連絡しなかったそうです。そんなの後から聞くのも悲しいけど><



病院へ行き、あまりに不調を訴えるので、吐き気止めをもらったものの、MRIでもまた腫瘍ができているのが確認され、、12日から始まるはずだった治療がちょっとだけ延びてしまい、、元気でないとこの臨床試験は受けられないのだからあまり不調を訴えちゃだめ!と無茶な理屈でママが帰り道、泣きながら説き伏せたそうです。
複雑、、


いろんな面で、とても、というか変に、 、神経質になっているパパをみて、これも腫瘍のせいか、それとも辛くてヤケになっているのか、、わからないけど見てて辛い。
何にも考えないでいいんだよ、ほとんどのことは大したことじゃないんだから、とだけ言うしかない弟を見てるのも切なかったです。



そして翌日は私の誕生日。
5日の夜、寝ようと横になってるパパを囲んで弟が、誕生日やで〜と言って私がパパの手を握って握手〜ってしてたら、パパはまた、「パパ、また涙が出ちゃう〜〜」と笑いながら目を潤ませていました。


パパの前では泣かないと決めていた私も潤ッときてでも必死で隠してました。


良かった、良かった、本当に良かった、とずっと囁くように言っていました。




子供たちが順調に歳を重ねていくことを見守れるということがどれだけ幸せなことか、しみじみ感じているんだということがすごく伝わってきました。
自分の成長(といっても歳を重ねてるだけですが、、)を親に見せられる、ということも幸せなことです。
欧米ではクリスマスや誕生日など特別な日は、恋人も交えて家族で過ごしたりしますよね。
とてもいい習慣だと思います。






翌日、誕生日ですが、婚約者のTと共に初のブライダルフェア〜〜というものに行ってきました!




実は手術後、パパの病気が本当に深刻なものだと改めて思い知らされ、予定を早めて結婚式を挙げよう、ということになったのです。
たったの3ヶ月!
なのに一からスタートで繁忙期とも重なり、この出張前は精神的にキテしまい、、いっぱいいっぱいになって、Tに八つ当たりしてしまったりロクに眠れず、となって一瞬ボロボロでした。


Tはすぐに、余裕のない私に代わり会場探しや下見にあちこち奔走してくれました。すごく細かく、詳しく、できるだけ沢山の情報を私に持ちかえるために半日かけて一箇所を調べてくれたりして、頑張ってくれました。本当に助かるし、なにより気持ちが嬉しい。。(泣)
自分も仕事で忙しいのに、私は自分のことで精いっぱいで支えることも出来ないのに、Tはすごく私を支えてくれる。


とても反省、、


でも会場探しする時間がないのは事実。
ここは甘えて頼るしかありません。
感謝しつつ、仕事に集中して無事、出張を終えました。
2月末にもう一つ海外出張が入っていたのですがそれは部長の計らいでキャンセルしてもらいました。いい部長です。。



本番はこれからですが、一息ついたので気持ちは楽です。
あとはもう突っ走るしかない!


初フェアはとてもステキでした★
やっぱりウキウキしてきますね!なんだかやっと、実感が湧いてきました(笑)
本当に、いろいろとうちに合わせてくれようとしているTの気持ちが嬉しいです。
感謝でいっぱいです。
心から幸せを感じます!



夜は家でパパと過ごしたかったのでディナーはなしですが、めっちゃ豪華な料理を堪能し(笑)、可愛い洋服やカードをもらいました♪
そのカードには、とっっっても嬉しいメッセージが書かれていて、正念場であるこれからの一年、この人となら乗り切れると心底感じました。
涙が止まりませんでした。
今までで一番、もらって嬉しかったカードでした。




少し遅くなって家に戻り、いきなりケーキがでて来たので、ちょっとご飯を食べたいと、、
ささっとご飯食べて、ケーキでバースデーソングを皆で歌って、まちかねた、というようにパパがカーデガンに隠した水色の紙袋を「チラッ チラッ」と自分で言いながらチラ見せ。


これはとっても見覚えのある色ではないですか!

「じゃ〜〜ん」と言って渡されたのはやっぱりTiffany!
今まででちゃんとしたプレゼントらしきものをくれたことがなかった(記憶では、、)ので、びっくりしたけどそれよりびっくりしたのはなんと、パパが今日、あの風が異常に強くて寒すぎる中、なんとなんと電車乗って銀座まで行って買って来たというではないですか!
ずっと熱や吐き気があったので、いつもぐったりしていて家から出たがらず、見るからに無理だろうな、という状態であったにも関わらずです!

そういえば朝出かける前に、ママがお金くれて、好きなもの買っておいで、と言ってくれたものの、私が「パパが選んだものならなんでもいいのにな」とぼそっと言いました。(言ってしまったというか、、)

私が出掛けた後、それをママから聞いたパパがむくっと起きて、これは「いつまでも寝てるんじゃない、そのまま本当の病人になっちゃうぞ!」という神からのお告げだと、、そう受け取って、ママの支えを借りて一生懸命銀座へ向かったというではないですか、、


ばあちゃんは出かけるというパパを必死で止めたそうですが、パパはそれを振り切って出て行き、ばあちゃんは気が気じゃなかったと言います。
でも、ものすごく疲れたものの嬉しそうに帰ってきたパパを見て、娘というのはそれほど可愛いもんなんやねと(オイオイ)涙が出たそうです。

私も、涙をこらえるのに必死で喋れませんでした。


プレゼントは金のバタフライのネックレスでした。
パパが、いくつも見せられたけど、これしかないと思った、絶対これが好きだと思った、と強い口調で鼻息を荒くして断言。パパがそうやって私のために選んでくれた、そのことが何よりのプレゼントです。
もちろん、ネックレスもすごく可愛くてすぐに気にいりました♪


ママも、まさかこんなに早く一緒に買い物ができるなんて思ってなかった、楽しかった!
とすごく嬉しそうに言ってくれて、疲れたけど行ってよかった、親らしいことができて良かった、とパパも言ってくれ、暖かい家族に生まれて幸せだなぁとしみじみ感じてもう涙が溢れて止まりませんでした。
ママも笑顔で泣いてました。

これから毎年Tiffanyね!
来年はダイヤ入りだ〜〜と言ったらそれは厳しい〜〜とパパ。
皆で笑って楽しいひと時。

すごく幸せな時間でした。





今まで誕生日を家族と過ごすということがいつの間にかなくなっていたので何年ぶりか本当にわからないけれど、この日は家族で過ごせて本当に良かった!!(と言っても弟は肝心な時にいませんが)


一生忘れない日になるでしょう。


来年も、そのまた次の年も、末永く見守ってもらうために長生きしてもらわなくてはいけません。


夜、なかなか寝付けませんでしたが、お守りを握って、おばあちゃんに背中をさすってもらいながら眠りにつきました。