ハネムーンに行ってきました!
帰国して一週間、すっかり現実の生活に舞い戻っちゃってるわけですが、、
それでもまだ余韻も波の音も残っていて、スキあらば目を閉じて思い出して浸っていますw
(これを現実逃避と言うのでしょうね、、)
それくらい楽しかった夢のような一週間だったわけですが、それもこれもパパが元気(、、?)で生きていてくれるおかげです。
安心して、今だけの特権を味わってきました!(神様、有難うございます!)
ハネムーンの話は別途たっぷりするとして、、w
先日の12月10日はパパの58歳のバースデーでした!
実家の近くの生けすのある石亭へお食事行ってきました。
風船とお花を買ってきてお店から渡してもらい、派手な帽子を被らせて(笑)ささやかなお祝いです。
最初は覇気がなく表情がなかったパパも、徐々に気が晴れてきたのか、笑顔が戻り、楽しんでくれたと思います。
思えば全ての始まりはちょうど一年前。
本当にいろんなことがあった「怒涛の一年」でした。
おじいちゃんの死去、パパ誕生日に人間ドック、クリスマスにガン発覚、年始に余命1,2年と宣告され、手術直前に家族で温泉旅行、すぐ手術、入院、治験開始。
私の引っ越し(実家へ)、弟の転職、私の結婚、そしてまた引っ越し、、
この間、目まぐるしく変わる環境、心情、移転によく皆耐えられたもんだと今となっては思いますね。。
それほど今は、比べると落ち着いているということで、常に一緒に居るママのことも考えると、本当にありがたいことです。
嬉しかったのは、先日の通院で、いつもあまり情け容赦のない感じの(すみません、、)担当医(名医です、念のため)の先生が、パパの経過を見て「間違いなくアバスチンが入っている」、と断言してくれたことです!!
プラセボかもしれない、誰にもわからない、とされる治験に運命をかけて、ちゃんと薬の入っているグループに入れたということは本当に神様はいる!と思わずにはいられませんでした!
パパの日頃の行いが良いからですね^^
この知らせをママからメールでもらった時、仕事中でしたが胸が熱くなる思いでした。
やはり希望は持つべきですね!
もしプラセボだったら、、 考えたくもないですね。。
でもパパは相変わらずな感じで、野菜・フルーツジュースを飲み、ノートをつけ、昼寝して、体重測ってお風呂に入り、ノートをつけ、お祈りして、、いつもと変わらず淡々と過ごしていました。
パパらしい。
昨日、ある本にあった一説にとても共感しました。
「老化による身体の衰えや、不幸にして治る見込みのない病に見舞われても、私たちは、”欠陥があるにも関わらず健やかである”という生き方を求めていくべきだと思います。」
つまり、健康とは数値に安心することではなく自分が「健康だ」と感じることであり、幸福とはあくまで心の状態であり、持続した心の平安こそがその本質である、ということです。
パパは体調に大きく波があります。
それこそ健常者には想像もつかない痛み、苦しみ、不安、絶望感というものに常に囲まれているのですから、痛みを伴う体調の悪さを感じる時にはそれはそれは意気消沈して気力を失い、表情もなくなる状態に陥ります。
それは自分でも自覚していて、メールでも「今日はダメな日です」と短い返事だけ返ってくる時があります。
それでも基本的には、普段は”ありのままを受け入れ”、”しっかり生きないとね”、”病気をしっかり生きる、ということだ”と真っ向から病気と向き合い、痛み以外のストレスはないと言います。
私が何か嫌なことがあって愚痴ったりすると、”それでいいんじゃない”と、おおらかな気持ちで包んでくれて、楽になります。
そして毎日毎晩、「今日も生きられました。有難うございます。」とお祈りするのです。
家と病院、近所の往復だけの毎日でも、希望を忘れず、今日も生きられた幸せに毎晩感謝しているパパの姿は、これこそが幸福の本質かな、としみじみ感じさせられます。
その本にはこうも書いてありました。
「人は自分の痛みには過敏だけど、幸せには鈍感である。」
急性胃腸炎で今回バースデーのお祝いに来れなかった弟(本当によく熱を出す。。ママに似て、扁桃腺が元々腫れているからそういう体質なんだそうです)は、どんなに仕事や病気で辛いことがあってもパパの辛さはこんなもんじゃなかった、大抵のことは乗り越えられる。
と言いました。
本当にそう。
私はストレスをため込みやすいタイプだけど、パパの置かれている現実、それでも”病気をしっかり生きる”と全てを受け入れる強さを考えると、謙虚な気持ちになれて何でもない日常でも幸せをかみしめることができるようになりました。
ただし、以前の自分とは違うな、、と思うところは、何気ない会話なのでしょうが、人を小馬鹿にしたり謙虚でない態度の人たちをみると、すごい拒否反応を示してしまうところ。。
以前は流せていたことでも、今は本当に嫌気がさしますね。
何様なんだろうって。
本人たちにとってはとるに足らない、面白可笑しく話しているだけなんですよね。。
そういう時は黙って聞いて、しばらくは距離を置いたり時間を置いたりして心を沈めます。
私はまだまだですね。。
パパの、”それでいいんじゃない”精神でこれからも皆で笑いながら、楽しい時間を過ごして行きたいな。ずっとずーっと。
パパ、Happy Birthday.
生きていてくれてありがとう!
2010年11月22日月曜日
軽井沢未遂
前回のブログから早3ヵ月強、、
実家→Tとの新居へと引っ越したのを境に、 ぷっつり書けないでいました。
やっと新居は落ち着いたけれども、 仕事もかなり落ち着いてる時期だけれども、自分の拠点が落ち着くとそれなりにやることがちょこちょこあってあっという間に一日が終わる@@
(それまでもTと一緒に暮らしてた時期はあったけど、
やはり今の方が断然、家事をちゃんとやるようになりました^^ゞ)
時の経つのは早いものであっと言う間にもうすぐ年末!
書きたいことは山のようにあったのに、
時間が経つほどにもう溜まりすぎて逆に書けなくなっていました^ ^;
でもこれ以上溜まっちゃうともうどうしようもなくなるので
記録のためにやっとこさ。。
7月末。
もうすでに猛暑だったかな、7月最後の週末に、
家族で軽井沢へ行こう~と、弟嫁の発案で計画してました。
パパは治療も上々で、 アップダウンはあるものの散歩に毎日ちょっとずつ出るなど
(部分的にあちこちある不調を除いては)元気だったから、 かなり楽しみにしてました。
ママなんかは「アウトレット行きたいって」 それはそれは楽しみに、
毎日のようにガイドブック見てルンルン。
アウトレットはさすがにパパ休んでるしかなくて、 それなら一緒じゃないほうが、、
とも思ったけど、ママが非常に嬉しそうなのでまぁ、いいかと。
パパはやはり自分で心配はしてましたね。
そうしたらやっぱり、当日は朝からかなり具合悪そう。。
なんとか電車に乗ったものの、ずっとお腹をさすってうつむいて。
ママがずっと励ましながら、なんとか東京駅に着き、 なんとか切符を
買ったものの、遅れた弟夫婦を待ってる間にみるみる悪化して
座ってるのもきつい、やっぱり軽井沢は行けない、、 という状態に、、
パパは一人で帰るから皆で行っておいで、というけど
一人にできるわけもなく、慌てて切符を払い戻し、
ホテルにもかけあって、当日キャンセルは全額もらう、 と言い張るホテルに対して
交渉のすえキャンセル料無料にしてもらい( 10万だったから家族に超感謝されましたw)、
その日はおとなしくおうちに帰りました。
パパはめちゃくちゃ具合悪そうでひたすら寝てるし、
ママはいろんな思いでいっぱいという感じで寂しそうにため息つく ばかり。
残念だけど、こればっかりは、、
仕方ないよね。。
次の日の日曜日、私がせっせと引っ越しの準備している横で、
パパは鼻歌を歌いながらつられて本棚の整理。
ママは「ずいぶんご機嫌ね!」とチクリ(笑)
「なんだか今日はやたら調子がいいぞ ♪~」
だって。顔色もいいし、そ~~りゃ良かった^^
ひょっとしたら、勝手知ったる安心して暮らせる我が家から出て
遠出をするということ自体が、 心身的なストレスになっていたのかもしれないな。。
次に家族旅行できるのはいつだろうかと
思いをはせながら、せっせと準備を進める私なのでした。
実家→Tとの新居へと引っ越したのを境に、
やっと新居は落ち着いたけれども、
(それまでもTと一緒に暮らしてた時期はあったけど、
やはり今の方が断然、家事をちゃんとやるようになりました^^ゞ)
時の経つのは早いものであっと言う間にもうすぐ年末!
書きたいことは山のようにあったのに、
時間が経つほどにもう溜まりすぎて逆に書けなくなっていました^
でもこれ以上溜まっちゃうともうどうしようもなくなるので
記録のためにやっとこさ。。
7月末。
もうすでに猛暑だったかな、7月最後の週末に、
家族で軽井沢へ行こう~と、弟嫁の発案で計画してました。
パパは治療も上々で、
(部分的にあちこちある不調を除いては)元気だったから、
ママなんかは「アウトレット行きたいって」
毎日のようにガイドブック見てルンルン。
アウトレットはさすがにパパ休んでるしかなくて、
とも思ったけど、ママが非常に嬉しそうなのでまぁ、いいかと。
パパはやはり自分で心配はしてましたね。
そうしたらやっぱり、当日は朝からかなり具合悪そう。。
なんとか電車に乗ったものの、ずっとお腹をさすってうつむいて。
ママがずっと励ましながら、なんとか東京駅に着き、
買ったものの、遅れた弟夫婦を待ってる間にみるみる悪化して
座ってるのもきつい、やっぱり軽井沢は行けない、、
パパは一人で帰るから皆で行っておいで、というけど
一人にできるわけもなく、慌てて切符を払い戻し、
ホテルにもかけあって、当日キャンセルは全額もらう、
交渉のすえキャンセル料無料にしてもらい(
その日はおとなしくおうちに帰りました。
パパはめちゃくちゃ具合悪そうでひたすら寝てるし、
ママはいろんな思いでいっぱいという感じで寂しそうにため息つく
残念だけど、こればっかりは、、
仕方ないよね。。
次の日の日曜日、私がせっせと引っ越しの準備している横で、
パパは鼻歌を歌いながらつられて本棚の整理。
ママは「ずいぶんご機嫌ね!」とチクリ(笑)
「なんだか今日はやたら調子がいいぞ ♪~」
だって。顔色もいいし、そ~~りゃ良かった^^
ひょっとしたら、勝手知ったる安心して暮らせる我が家から出て
遠出をするということ自体が、
次に家族旅行できるのはいつだろうかと
思いをはせながら、せっせと準備を進める私なのでした。
2010年7月16日金曜日
親というもの
今朝、パパが泣いていました。
今日に始まったことではないですが、今朝は結構激しく、肩を大きく震わせて泣いていました。
この1,2週間、ちょっと、私個人的に辛いことがありまして、パパママもすごく心配させてしまってそれはそれは大騒動でした、、
反省、、
でも二人が親として、一緒に私を助けよう、守ろうとしてくれた必死な姿は、私の心に深く深く刻まれ、本当にありがたかったし、嬉しかったし、「親」としての姿に本当に感動しました。
自分もいつか親になったら、こんな風に無償の愛を子に注げる親になれるのだろうか。。
(ってそんなこと言ってちゃいけないですね 汗)
昨夜、問題解決した後、パパは「良かった、良かった」としきりに言い、
「人生、いろんなことがあるなぁ。いろんな経験させてもらってるなぁ、、」
としみじみ、目に涙を浮かべてつぶやきました。
実家から持ち帰っていたパパの子供の頃のアルバムを開いて、どんな子供だったかとか(すごい可愛い)、中学生の時に大腸がんで亡くした綺麗だった母親の話、目の前で弟が溺れかけた時に池に飛び込んで助けたという父親の話、歳の近い伯父さんが両親(つまりパパの祖父母)を同時に亡くし、それから一緒に暮らすことになったという話、警察犬の息子のくせにアホで大好きだった犬の話、、、
いろいろ話してくれました。
今朝、リビングのソファに座るなりまたアルバムを開き、大ママ(パパのママ)を見ながら激しく泣きだした時は私も母もすぐには言葉が出ませんでした。
「最近、本当に涙もろくてねぇ」
一緒に涙しながら肩を組み、「パパは大丈夫だよ、、」というのが精いっぱいでした。
出社前のバタバタな時ではあったけど、時間が止まったようでした。
ママは、「パパはすぐに死なないから心配しなさんな!しっかり長生きして、アメリカの年金ももらわないけんのよ!」
と泣きながら笑って言って、パパも笑いながら泣いていました。
そうは言ってももう遅刻しそうな時間。名残惜しくも 「じゃ行ってきます!パパ行ってくるね!」
と大慌て。
振り返ると、いつも、玄関から顔尾を出して見えなくなるまで手を振って見送ってくれるママの後ろからパパも顔を出して手を振ってくれていました。
自転車だったしちょっと離れてるので一瞬の光景でしたが、いつまでもその姿が頭に残りました。
最近は、もう何クール目なのでしょうか、数週間おきに点滴、テモダールを5日間、という生活で、もうすっかり自分一人でがんセンター、耳鼻科、歯医者、と元気に行けるようになっていました。
穏やかな日々でストレスフリーで、毎日笑っていられるようになって本当に良かったな、と家族でホッとしていました。
こないだの週末は、二人で近くの「野鳥の楽園」へお散歩行ったりして、大自然が大好きなパパが生き生きと鳥や動植物の名前や説明をしてくれてパパって結構すごいなと思ってました。(鳴き声や葉っぱの形でわかるんですよ!歩く人間図鑑でした!)
髪の毛も、赤ちゃんの産毛状態から短い芝生くらいにまで伸びたんですよ!(腫瘍がある右側はなかなか生えませんが、、)
食事も、恐る恐るでもいろいろ食べれるようになってきたのでママも一安心。
(それにしてもママの作る野菜ジュースは相変わらずあまり美味しくない。。笑)
でも以前からできやすい石(結石)がまたしくしくし出して、不安そうな、険しい表情をしてじっとお腹を押さえていることが多くなりました。
もう先月からですが、、血尿がたまに出るというのが続いているので、その時はやはり不安げです。
がんセンターのドクターは専門ではないからでしょうか、あまり気にしていない様子。。
そんな時に私なんかの為にまた心配させてしまって、本当に反省です。(ばーちゃんには怒られました。。)
やはり何も心配せず、笑っているパパがいいです。
月末に実は、弟夫婦と一緒に軽井沢行くんです!!
弟お嫁ちゃんがとってくれました。
ずっと、入院後はパパがなかなか躊躇していたので、久々の家族揃っての遠出で楽しみです!
今日に始まったことではないですが、今朝は結構激しく、肩を大きく震わせて泣いていました。
この1,2週間、ちょっと、私個人的に辛いことがありまして、パパママもすごく心配させてしまってそれはそれは大騒動でした、、
反省、、
でも二人が親として、一緒に私を助けよう、守ろうとしてくれた必死な姿は、私の心に深く深く刻まれ、本当にありがたかったし、嬉しかったし、「親」としての姿に本当に感動しました。
自分もいつか親になったら、こんな風に無償の愛を子に注げる親になれるのだろうか。。
(ってそんなこと言ってちゃいけないですね 汗)
昨夜、問題解決した後、パパは「良かった、良かった」としきりに言い、
「人生、いろんなことがあるなぁ。いろんな経験させてもらってるなぁ、、」
としみじみ、目に涙を浮かべてつぶやきました。
実家から持ち帰っていたパパの子供の頃のアルバムを開いて、どんな子供だったかとか(すごい可愛い)、中学生の時に大腸がんで亡くした綺麗だった母親の話、目の前で弟が溺れかけた時に池に飛び込んで助けたという父親の話、歳の近い伯父さんが両親(つまりパパの祖父母)を同時に亡くし、それから一緒に暮らすことになったという話、警察犬の息子のくせにアホで大好きだった犬の話、、、
いろいろ話してくれました。
今朝、リビングのソファに座るなりまたアルバムを開き、大ママ(パパのママ)を見ながら激しく泣きだした時は私も母もすぐには言葉が出ませんでした。
「最近、本当に涙もろくてねぇ」
一緒に涙しながら肩を組み、「パパは大丈夫だよ、、」というのが精いっぱいでした。
出社前のバタバタな時ではあったけど、時間が止まったようでした。
ママは、「パパはすぐに死なないから心配しなさんな!しっかり長生きして、アメリカの年金ももらわないけんのよ!」
と泣きながら笑って言って、パパも笑いながら泣いていました。
そうは言ってももう遅刻しそうな時間。名残惜しくも 「じゃ行ってきます!パパ行ってくるね!」
と大慌て。
振り返ると、いつも、玄関から顔尾を出して見えなくなるまで手を振って見送ってくれるママの後ろからパパも顔を出して手を振ってくれていました。
自転車だったしちょっと離れてるので一瞬の光景でしたが、いつまでもその姿が頭に残りました。
最近は、もう何クール目なのでしょうか、数週間おきに点滴、テモダールを5日間、という生活で、もうすっかり自分一人でがんセンター、耳鼻科、歯医者、と元気に行けるようになっていました。
穏やかな日々でストレスフリーで、毎日笑っていられるようになって本当に良かったな、と家族でホッとしていました。
こないだの週末は、二人で近くの「野鳥の楽園」へお散歩行ったりして、大自然が大好きなパパが生き生きと鳥や動植物の名前や説明をしてくれてパパって結構すごいなと思ってました。(鳴き声や葉っぱの形でわかるんですよ!歩く人間図鑑でした!)
髪の毛も、赤ちゃんの産毛状態から短い芝生くらいにまで伸びたんですよ!(腫瘍がある右側はなかなか生えませんが、、)
食事も、恐る恐るでもいろいろ食べれるようになってきたのでママも一安心。
(それにしてもママの作る野菜ジュースは相変わらずあまり美味しくない。。笑)
でも以前からできやすい石(結石)がまたしくしくし出して、不安そうな、険しい表情をしてじっとお腹を押さえていることが多くなりました。
もう先月からですが、、血尿がたまに出るというのが続いているので、その時はやはり不安げです。
がんセンターのドクターは専門ではないからでしょうか、あまり気にしていない様子。。
そんな時に私なんかの為にまた心配させてしまって、本当に反省です。(ばーちゃんには怒られました。。)
やはり何も心配せず、笑っているパパがいいです。
月末に実は、弟夫婦と一緒に軽井沢行くんです!!
弟お嫁ちゃんがとってくれました。
ずっと、入院後はパパがなかなか躊躇していたので、久々の家族揃っての遠出で楽しみです!
2010年5月15日土曜日
パパが走りだした!
最近、パパが走り始めました!!
と、いっても今までみたくランニングってわけじゃもちろんないですが。
心配していた第二クールは、挙式前日から始まりましたが、5日間のみテモダール飲み続けたら、またお休みに入ったのです。
そして昨日の13日、木曜日まで休薬期間だったので、それまでに暖かくもなってきたこともあってか、ちょくちょく散歩やお出かけをするようになり、一緒には行けなかったけど、ママとばーちゃんと湯島天神のツツジ見に行ったり耳鼻科行ったり(一人で!!)するまで元気になってきました。
そして先日、ママとバーちゃんとお散歩してるときに、急に走り出したのです。
本人曰く、急に走りたくなった、たった数十メートルだけど、生きてる喜び、活力みたいのが湧いてきた。
と、、。
今日は9千歩歩いた、今日は1万歩もあるいたぞ!
などとメールが来るたびに、嬉しくってわくわくします^^
ずーと、痛くて食べれなかったオレンジまで恐る恐るだけど食べれるようになりました!
このまま、何事もなかったかのように腫瘍が消えて、また元気を取り戻す気がしてなりません!
温泉は、自分の体みたら他の人がびっくりして嫌がる、と言ってまだ行きたがりませんが、今くらい元気だったら少しだけ遠出もできるでしょう!
楽しみです^^
~4/29 28日間休薬
4/30 放射線+テモダール+アバスチン
5/1~5/13 休薬
5/14 放射線
明日はばーちゃんが九州へ帰ります。
世話好きで、家事のプロで、可愛くて、癒されるばーちゃんが居なくなったらどんなに寂しくなることか、、
ずっと同じ部屋で寝てて、私が残業ばかりで基本的に遅いから背中とかさすってくれたり、ばーちゃんなのにだれよりも行動的で優しくて、なんでも相談すると必ずためになることを話してくれました。
(寝てる姿まで可愛いので写真撮ったりしてました 笑)
寂しくなるよぉ(泣)
次はじーちゃんの一周忌が明けてから。
それまでパパもみんなも元気で頑張っていきましょう!
と、いっても今までみたくランニングってわけじゃもちろんないですが。
心配していた第二クールは、挙式前日から始まりましたが、5日間のみテモダール飲み続けたら、またお休みに入ったのです。
そして昨日の13日、木曜日まで休薬期間だったので、それまでに暖かくもなってきたこともあってか、ちょくちょく散歩やお出かけをするようになり、一緒には行けなかったけど、ママとばーちゃんと湯島天神のツツジ見に行ったり耳鼻科行ったり(一人で!!)するまで元気になってきました。
そして先日、ママとバーちゃんとお散歩してるときに、急に走り出したのです。
本人曰く、急に走りたくなった、たった数十メートルだけど、生きてる喜び、活力みたいのが湧いてきた。
と、、。
今日は9千歩歩いた、今日は1万歩もあるいたぞ!
などとメールが来るたびに、嬉しくってわくわくします^^
ずーと、痛くて食べれなかったオレンジまで恐る恐るだけど食べれるようになりました!
このまま、何事もなかったかのように腫瘍が消えて、また元気を取り戻す気がしてなりません!
温泉は、自分の体みたら他の人がびっくりして嫌がる、と言ってまだ行きたがりませんが、今くらい元気だったら少しだけ遠出もできるでしょう!
楽しみです^^
~4/29 28日間休薬
4/30 放射線+テモダール+アバスチン
5/1~5/13 休薬
5/14 放射線
明日はばーちゃんが九州へ帰ります。
世話好きで、家事のプロで、可愛くて、癒されるばーちゃんが居なくなったらどんなに寂しくなることか、、
ずっと同じ部屋で寝てて、私が残業ばかりで基本的に遅いから背中とかさすってくれたり、ばーちゃんなのにだれよりも行動的で優しくて、なんでも相談すると必ずためになることを話してくれました。
(寝てる姿まで可愛いので写真撮ったりしてました 笑)
寂しくなるよぉ(泣)
次はじーちゃんの一周忌が明けてから。
それまでパパもみんなも元気で頑張っていきましょう!
2010年3月11日木曜日
季節の変わり目
火曜日は強い風の吹き荒れる雪だったのに、、昨日、今日はめっきり洗濯日和でした。(洗濯してないけど)
今日は一般の会社では一足早いホワイトデーでしたね^^
帰り道、いっぱいギフトの入った紙袋を持ちかえるOLさんたち(自分もしかり。。)を目にします^^
だんだん暖かくなってきたとはいえ、通勤時間帯はまだ冷える。
家から駅への距離が結構あるので気候はとっても影響大。。
パパも、せっかく帰ってきても寒くて散歩できなかったし。
早くもっともっと暖かくならないかな。
そんな毎日でもちょっと楽しみが。
朝、いつも通る駅前公園の出口手前にある切り株にたまにネコが乗ってます。
何をするでもなく、ただ乗ってます。
これがもうすごく可愛いんです!なんというか、不思議な光景です。
なんせ小さい切り株の断面いっぱいにちょこんと座ってるのでべたっと体を伏せて楽にすることもできず、向きを変えたり伸びをするだけでずり落ちそうになるんです。
いつも見るわけではないけど、3回見ました。最初みたときはびっくり、写真撮って家族に送ったら、パパが、やっと見たか^^ と。
パパは毎日のように、通勤途中に遭遇してたそうです。
TVの珍百景にも出たらしい。
時間帯があるらしく、ママは一回だけ、弟は見たことがないらしい。
パパは、自分と同じ体験を私がしたことがちょっと嬉しかったようです^^
ネコを見れた日はなんだか朝から楽しくなっちゃうから不思議。十番でも、Cat Streetと勝手に呼んでるわき道があって、マロと呼んでるネコや他にも何匹もいて、いつも通るたびに探してました。
なんでこんなに癒されるんでしょうね〜〜
あ、猫好きなのでついつい長くなりました。
そして夜は星空。
最近は、大好きなオリオン座はすっかり移動してひしゃく型の北斗七星がよく見えるようになりました。
ママが通っている東大病院近くの湯島にも梅が沢山咲くらしく、今朝写真を送ってきたけどすごーくキレイに咲いてました!
季節が変わろうとしていますね。
思えば去年、おじいちゃんが入院してそのまま帰らぬ人となってしまった11月から、激動の日々、、家族皆それぞれ、休む暇なく突っ走ってきました。
未だに突っ走ってます。
パパは髪が抜け始めました。
気になるようで、ついつい触っては抜ける髪を山盛りにしていきます。。
放射線の影響で耳や顔が腫れ始め、今では強く当てている右側が半分、ものすごく腫れてしまい、平日はお見舞いに行けないので聞くところによると瞼が腫れ上がって細い視界になってしまっているとか、耳も穴が塞がれてしまほどだって、、、中耳炎も痛いしもう腫れ上がった皮膚が痛くてメガネもかけられません。
恥ずかしくて外に出れないといいます。
恥ずかしいとか以前に、可哀想で仕方ないです、、、
ママも辛そうに、そのことばっかり話します。
吐き気とも毎日毎日格闘。
「今日は4連敗だった。薬飲まずにはいられなくて、朝、昼、夕方、夜と(吐き気止めを)飲んでしまった。ご飯も食べれなかったけど、パンが出たから少し食べたよ。」
こんなメールがよくきます。
でも相当腫れがひどくなってからは、メールは来なくなりました。今日のおとんシリーズも、
もう可哀想で写真残しても仕方ないとママ。。
皆、気が気じゃありません。。
でも皆でずっと一緒に居ることはできないので、、それぞれ別々の場所にいるけど常にメールは家族全員でやりとりをして、パパを励ましてます。
ママや弟は面白いけどとても純粋で気が優しいので、頑張ってるパパをほめ称えて励ましてます。
私は結構現実的で、どうすればマシになるとか、先生にこういうこと聞いたらとか、何して気を紛らわすといいとか、なんかちょっと二人と違うな、、ちょっと優しさが足りない人間なのかしら、、と一瞬不安にもなる、、
入院時、資料とか全く読まないママや弟に変わって整理したり目を通したりしてたらパパが助かると、それぞれ得意・不得意があって家族はバランスよくできてると。言いました。
だから落ち込まずに自分は得意な情報収集で役に立てればいいなと、、思う次第です。。
ただし今は本当にバタバタしてて、、いろんな想いが駆け巡ります。
仕事と式の準備で忙しくしていてろくに話もできないどころか、週末も打合わせ等で家に居る時間がほとんどなく、、
なんのために実家に帰ってきたのか、パパに花嫁姿を見せたいばかりにパパが頑張っているこの大事な時期に一緒にいてあげられないのは果たしていいことなのか、、
実家に帰ってきたばかりの頃は、本当にそういう思いで辛かったけど、今はもう、前を向いて突っ走るしかないと思ってます。
早暖かくなって、毎年パパとママが行っている、湯島天神の桜を今度は一緒に見に行きたいな。
第一クールは3/30で終了です。
それまであと半月!
頑張れパパ!
- Posted using BlogPress from my iPhone
今日は一般の会社では一足早いホワイトデーでしたね^^
帰り道、いっぱいギフトの入った紙袋を持ちかえるOLさんたち(自分もしかり。。)を目にします^^
だんだん暖かくなってきたとはいえ、通勤時間帯はまだ冷える。
家から駅への距離が結構あるので気候はとっても影響大。。
パパも、せっかく帰ってきても寒くて散歩できなかったし。
早くもっともっと暖かくならないかな。
そんな毎日でもちょっと楽しみが。
朝、いつも通る駅前公園の出口手前にある切り株にたまにネコが乗ってます。
何をするでもなく、ただ乗ってます。
これがもうすごく可愛いんです!なんというか、不思議な光景です。
なんせ小さい切り株の断面いっぱいにちょこんと座ってるのでべたっと体を伏せて楽にすることもできず、向きを変えたり伸びをするだけでずり落ちそうになるんです。
いつも見るわけではないけど、3回見ました。最初みたときはびっくり、写真撮って家族に送ったら、パパが、やっと見たか^^ と。
パパは毎日のように、通勤途中に遭遇してたそうです。
TVの珍百景にも出たらしい。
時間帯があるらしく、ママは一回だけ、弟は見たことがないらしい。
パパは、自分と同じ体験を私がしたことがちょっと嬉しかったようです^^
ネコを見れた日はなんだか朝から楽しくなっちゃうから不思議。十番でも、Cat Streetと勝手に呼んでるわき道があって、マロと呼んでるネコや他にも何匹もいて、いつも通るたびに探してました。
なんでこんなに癒されるんでしょうね〜〜
あ、猫好きなのでついつい長くなりました。
そして夜は星空。
最近は、大好きなオリオン座はすっかり移動してひしゃく型の北斗七星がよく見えるようになりました。
ママが通っている東大病院近くの湯島にも梅が沢山咲くらしく、今朝写真を送ってきたけどすごーくキレイに咲いてました!
季節が変わろうとしていますね。
思えば去年、おじいちゃんが入院してそのまま帰らぬ人となってしまった11月から、激動の日々、、家族皆それぞれ、休む暇なく突っ走ってきました。
未だに突っ走ってます。
パパは髪が抜け始めました。
気になるようで、ついつい触っては抜ける髪を山盛りにしていきます。。
放射線の影響で耳や顔が腫れ始め、今では強く当てている右側が半分、ものすごく腫れてしまい、平日はお見舞いに行けないので聞くところによると瞼が腫れ上がって細い視界になってしまっているとか、耳も穴が塞がれてしまほどだって、、、中耳炎も痛いしもう腫れ上がった皮膚が痛くてメガネもかけられません。
恥ずかしくて外に出れないといいます。
恥ずかしいとか以前に、可哀想で仕方ないです、、、
ママも辛そうに、そのことばっかり話します。
吐き気とも毎日毎日格闘。
「今日は4連敗だった。薬飲まずにはいられなくて、朝、昼、夕方、夜と(吐き気止めを)飲んでしまった。ご飯も食べれなかったけど、パンが出たから少し食べたよ。」
こんなメールがよくきます。
でも相当腫れがひどくなってからは、メールは来なくなりました。今日のおとんシリーズも、
もう可哀想で写真残しても仕方ないとママ。。
皆、気が気じゃありません。。
でも皆でずっと一緒に居ることはできないので、、それぞれ別々の場所にいるけど常にメールは家族全員でやりとりをして、パパを励ましてます。
ママや弟は面白いけどとても純粋で気が優しいので、頑張ってるパパをほめ称えて励ましてます。
私は結構現実的で、どうすればマシになるとか、先生にこういうこと聞いたらとか、何して気を紛らわすといいとか、なんかちょっと二人と違うな、、ちょっと優しさが足りない人間なのかしら、、と一瞬不安にもなる、、
入院時、資料とか全く読まないママや弟に変わって整理したり目を通したりしてたらパパが助かると、それぞれ得意・不得意があって家族はバランスよくできてると。言いました。
だから落ち込まずに自分は得意な情報収集で役に立てればいいなと、、思う次第です。。
ただし今は本当にバタバタしてて、、いろんな想いが駆け巡ります。
仕事と式の準備で忙しくしていてろくに話もできないどころか、週末も打合わせ等で家に居る時間がほとんどなく、、
なんのために実家に帰ってきたのか、パパに花嫁姿を見せたいばかりにパパが頑張っているこの大事な時期に一緒にいてあげられないのは果たしていいことなのか、、
実家に帰ってきたばかりの頃は、本当にそういう思いで辛かったけど、今はもう、前を向いて突っ走るしかないと思ってます。
早暖かくなって、毎年パパとママが行っている、湯島天神の桜を今度は一緒に見に行きたいな。
第一クールは3/30で終了です。
それまであと半月!
頑張れパパ!
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2010年2月15日月曜日
St.Valentine's Day
日曜はバレンタインでしたね♪
久々にお天気にも恵まれました。
風邪と虫歯で寝込んでいる弟はさておき、パパにはデッカイ愛をあげまし
た。
巨大なハート型のお煎餅です。
チョコは免疫療法的に食べないほうがいいので、、
もったいないから病室に飾っておこうかな、でも同室の人が妬けちゃうか
な、と言ってました。喜んでくれて何よりです^^ (結局すぐ食べた
ようですが)
金曜日に入院したものの、土曜にはもう外泊で家に帰ってきてました。土
日は基本的に(強制的に?)外泊なのです。先生いないから
ね。
外泊届けの理由には、気分転換と書かれていました(笑)
でも金曜日は重要な日だったのです。
また大きく発生した腫瘍、訴えていた不調等で治験が受けられないかもし
れない、と家族は不安でいっぱいだったのだけど、、
ここ数日でなんだかみるみる元気になり、先生がちょっとびっくりするく
らい元気そうなパパの顔を見るなり「やりましょうね」と言ったそうで
す。
ホッとした!!
もちろん、プラセボという偽薬のグループに入る可能性もあります。でも
アバスチンが受けられる可能性があるというのは大きな希望です!!
もう、アバスチンしか頼れるものはないのです。食事療法も、しばらくは
ガンにいいものばかりをなるべく食べ、悪いとされるものは避けてきまし
た。
(おかげで私もすっかり健康的な食事に、、)
でもある時パパはふと疑問に感じたのです。
いいものばかりを食べると栄養が偏るのではないか。
そこで野菜炒めをママにお願いしました。全部は無理だったけど、美味し
い美味しいと言って半分くらい平らげたそうです。身体が油を欲していた
と。
身体にしみわたると、それはそれは感動していたそうです。
入院前に宿泊したホテルでも、写真見たら天ぷらなんか食べちゃってる
し、病院の食事でも出た生姜焼きを半分食べたとか、、
ちょっとヒヤヒヤするけどパパいわく、身体に良いものばかりに偏った食
事をしたら栄養のバランスが崩れるんじゃないか、少しは肉でも油でも必
要なんじゃないかと。
そりゃ健康な人ならそうでしょう。。
でも、パパが食べ物でみるみる元気になったり、天ぷら御膳食べながら人
間やっぱり美味しいもの食べてる時が一番幸せ、という結論に達したとか
聞いてると、せっかく幸せを感じているところに水をさしたくない、もっ
と幸せになって欲しい、だからむやみやたらに反対もしたくないのです。
がんと戦っている他の方のブログ等をみると、本当に厳しく食事療法をし
ていたりします。
でもそうでない人もいます。
本人が一番納得して、ストレスを感じないことが一番なのかな、と思うわ
けです。
最近調子がいいパパの笑顔はやっぱり家族も笑顔にしてくれるし皆明るく
なります^^
もう日曜夜から入院し、明日からいよいよ治療です。
今日もお見舞いにいく予定だったのに仕事で行けず超悲しかったです
が、、念を送っています。
お友だちも来てくれて、パパの大好きな落語を4GB分もCDに
焼き、プレーヤーを買う御見舞金と一緒に頂いたそうです。
こんなに良くしてくれるパパは幸せ者ですね!
私も嬉しいです^^
明日から、新たなステージです。
心を一つに、頑張っていこう!
久々にお天気にも恵まれました。
風邪と虫歯で寝込んでいる弟はさておき、パパにはデッカイ愛をあげまし
た。
巨大なハート型のお煎餅です。
チョコは免疫療法的に食べないほうがいいので、、
もったいないから病室に飾っておこうかな、でも同室の人が妬けちゃうか
な、と言ってました。喜んでくれて何よりです^^ (結局すぐ食べた
ようですが)
金曜日に入院したものの、土曜にはもう外泊で家に帰ってきてました。土
日は基本的に(強制的に?)外泊なのです。先生いないから
ね。
外泊届けの理由には、気分転換と書かれていました(笑)
でも金曜日は重要な日だったのです。
また大きく発生した腫瘍、訴えていた不調等で治験が受けられないかもし
れない、と家族は不安でいっぱいだったのだけど、、
ここ数日でなんだかみるみる元気になり、先生がちょっとびっくりするく
らい元気そうなパパの顔を見るなり「やりましょうね」と言ったそうで
す。
ホッとした!!
もちろん、プラセボという偽薬のグループに入る可能性もあります。でも
アバスチンが受けられる可能性があるというのは大きな希望です!!
もう、アバスチンしか頼れるものはないのです。食事療法も、しばらくは
ガンにいいものばかりをなるべく食べ、悪いとされるものは避けてきまし
た。
(おかげで私もすっかり健康的な食事に、、)
でもある時パパはふと疑問に感じたのです。
いいものばかりを食べると栄養が偏るのではないか。
そこで野菜炒めをママにお願いしました。全部は無理だったけど、美味し
い美味しいと言って半分くらい平らげたそうです。身体が油を欲していた
と。
身体にしみわたると、それはそれは感動していたそうです。
入院前に宿泊したホテルでも、写真見たら天ぷらなんか食べちゃってる
し、病院の食事でも出た生姜焼きを半分食べたとか、、
ちょっとヒヤヒヤするけどパパいわく、身体に良いものばかりに偏った食
事をしたら栄養のバランスが崩れるんじゃないか、少しは肉でも油でも必
要なんじゃないかと。
そりゃ健康な人ならそうでしょう。。
でも、パパが食べ物でみるみる元気になったり、天ぷら御膳食べながら人
間やっぱり美味しいもの食べてる時が一番幸せ、という結論に達したとか
聞いてると、せっかく幸せを感じているところに水をさしたくない、もっ
と幸せになって欲しい、だからむやみやたらに反対もしたくないのです。
がんと戦っている他の方のブログ等をみると、本当に厳しく食事療法をし
ていたりします。
でもそうでない人もいます。
本人が一番納得して、ストレスを感じないことが一番なのかな、と思うわ
けです。
最近調子がいいパパの笑顔はやっぱり家族も笑顔にしてくれるし皆明るく
なります^^
もう日曜夜から入院し、明日からいよいよ治療です。
今日もお見舞いにいく予定だったのに仕事で行けず超悲しかったです
が、、念を送っています。
お友だちも来てくれて、パパの大好きな落語を4GB分もCDに
焼き、プレーヤーを買う御見舞金と一緒に頂いたそうです。
こんなに良くしてくれるパパは幸せ者ですね!
私も嬉しいです^^
明日から、新たなステージです。
心を一つに、頑張っていこう!
2010年2月10日水曜日
一生忘れない日
バタバタしててタイミング遅くなりましたが、、5日の夜に帰国し、6日が私の誕生日でした。
ここ数年、同じ時期に同じ出張に行ってます。一年で最もキツイ出張です。
去年は6日にドイツを出、日本に着いたら誕生日はすでに終っていたので、、今年は5日までに帰国!を目指しました(笑)
ずーっと、分刻みのスケジュールで移動も多く、さすがに疲れたー@@;
でもこれでやっっと一安心です。。
日本に着くや入っていた母メールでは、風邪とかひいていたら帰ってくるなと、、、
電話して、ひいてないけど帰っていいでしょうか、、と聞いたら、いいけどすぐにお風呂入って消毒、マスクね、と。
はーい(^^;)
それでもパパもママもおばあちゃんも、笑顔で迎えてくれました^^
そこへちょうど弟もきて、急にまた賑やかな家族 de 夕食タイムになりました。
でもパパの調子が良くなったのはついこの日から、それまで出張中、ずっと熱と吐き気が止まらず、大変だったそうです。。私に心配かけまいと弟は連絡しなかったそうです。そんなの後から聞くのも悲しいけど><
病院へ行き、あまりに不調を訴えるので、吐き気止めをもらったものの、MRIでもまた腫瘍ができているのが確認され、、12日から始まるはずだった治療がちょっとだけ延びてしまい、、元気でないとこの臨床試験は受けられないのだからあまり不調を訴えちゃだめ!と無茶な理屈でママが帰り道、泣きながら説き伏せたそうです。
複雑、、
いろんな面で、とても、というか変に、 、神経質になっているパパをみて、これも腫瘍のせいか、それとも辛くてヤケになっているのか、、わからないけど見てて辛い。
何にも考えないでいいんだよ、ほとんどのことは大したことじゃないんだから、とだけ言うしかない弟を見てるのも切なかったです。
そして翌日は私の誕生日。
5日の夜、寝ようと横になってるパパを囲んで弟が、誕生日やで〜と言って私がパパの手を握って握手〜ってしてたら、パパはまた、「パパ、また涙が出ちゃう〜〜」と笑いながら目を潤ませていました。
パパの前では泣かないと決めていた私も潤ッときてでも必死で隠してました。
良かった、良かった、本当に良かった、とずっと囁くように言っていました。
子供たちが順調に歳を重ねていくことを見守れるということがどれだけ幸せなことか、しみじみ感じているんだということがすごく伝わってきました。
自分の成長(といっても歳を重ねてるだけですが、、)を親に見せられる、ということも幸せなことです。
欧米ではクリスマスや誕生日など特別な日は、恋人も交えて家族で過ごしたりしますよね。
とてもいい習慣だと思います。
翌日、誕生日ですが、婚約者のTと共に初のブライダルフェア〜〜というものに行ってきました!
実は手術後、パパの病気が本当に深刻なものだと改めて思い知らされ、予定を早めて結婚式を挙げよう、ということになったのです。
たったの3ヶ月!
なのに一からスタートで繁忙期とも重なり、この出張前は精神的にキテしまい、、いっぱいいっぱいになって、Tに八つ当たりしてしまったりロクに眠れず、となって一瞬ボロボロでした。
Tはすぐに、余裕のない私に代わり会場探しや下見にあちこち奔走してくれました。すごく細かく、詳しく、できるだけ沢山の情報を私に持ちかえるために半日かけて一箇所を調べてくれたりして、頑張ってくれました。本当に助かるし、なにより気持ちが嬉しい。。(泣)
自分も仕事で忙しいのに、私は自分のことで精いっぱいで支えることも出来ないのに、Tはすごく私を支えてくれる。
とても反省、、
でも会場探しする時間がないのは事実。
ここは甘えて頼るしかありません。
感謝しつつ、仕事に集中して無事、出張を終えました。
2月末にもう一つ海外出張が入っていたのですがそれは部長の計らいでキャンセルしてもらいました。いい部長です。。
本番はこれからですが、一息ついたので気持ちは楽です。
あとはもう突っ走るしかない!
初フェアはとてもステキでした★
やっぱりウキウキしてきますね!なんだかやっと、実感が湧いてきました(笑)
本当に、いろいろとうちに合わせてくれようとしているTの気持ちが嬉しいです。
感謝でいっぱいです。
心から幸せを感じます!
夜は家でパパと過ごしたかったのでディナーはなしですが、めっちゃ豪華な料理を堪能し(笑)、可愛い洋服やカードをもらいました♪
そのカードには、とっっっても嬉しいメッセージが書かれていて、正念場であるこれからの一年、この人となら乗り切れると心底感じました。
涙が止まりませんでした。
今までで一番、もらって嬉しかったカードでした。
少し遅くなって家に戻り、いきなりケーキがでて来たので、ちょっとご飯を食べたいと、、
ささっとご飯食べて、ケーキでバースデーソングを皆で歌って、まちかねた、というようにパパがカーデガンに隠した水色の紙袋を「チラッ チラッ」と自分で言いながらチラ見せ。
これはとっても見覚えのある色ではないですか!
「じゃ〜〜ん」と言って渡されたのはやっぱりTiffany!
今まででちゃんとしたプレゼントらしきものをくれたことがなかった(記憶では、、)ので、びっくりしたけどそれよりびっくりしたのはなんと、パパが今日、あの風が異常に強くて寒すぎる中、なんとなんと電車乗って銀座まで行って買って来たというではないですか!
ずっと熱や吐き気があったので、いつもぐったりしていて家から出たがらず、見るからに無理だろうな、という状態であったにも関わらずです!
そういえば朝出かける前に、ママがお金くれて、好きなもの買っておいで、と言ってくれたものの、私が「パパが選んだものならなんでもいいのにな」とぼそっと言いました。(言ってしまったというか、、)
私が出掛けた後、それをママから聞いたパパがむくっと起きて、これは「いつまでも寝てるんじゃない、そのまま本当の病人になっちゃうぞ!」という神からのお告げだと、、そう受け取って、ママの支えを借りて一生懸命銀座へ向かったというではないですか、、
ばあちゃんは出かけるというパパを必死で止めたそうですが、パパはそれを振り切って出て行き、ばあちゃんは気が気じゃなかったと言います。
でも、ものすごく疲れたものの嬉しそうに帰ってきたパパを見て、娘というのはそれほど可愛いもんなんやねと(オイオイ)涙が出たそうです。
私も、涙をこらえるのに必死で喋れませんでした。
プレゼントは金のバタフライのネックレスでした。
パパが、いくつも見せられたけど、これしかないと思った、絶対これが好きだと思った、と強い口調で鼻息を荒くして断言。パパがそうやって私のために選んでくれた、そのことが何よりのプレゼントです。
もちろん、ネックレスもすごく可愛くてすぐに気にいりました♪
ママも、まさかこんなに早く一緒に買い物ができるなんて思ってなかった、楽しかった!
とすごく嬉しそうに言ってくれて、疲れたけど行ってよかった、親らしいことができて良かった、とパパも言ってくれ、暖かい家族に生まれて幸せだなぁとしみじみ感じてもう涙が溢れて止まりませんでした。
ママも笑顔で泣いてました。
これから毎年Tiffanyね!
来年はダイヤ入りだ〜〜と言ったらそれは厳しい〜〜とパパ。
皆で笑って楽しいひと時。
すごく幸せな時間でした。
今まで誕生日を家族と過ごすということがいつの間にかなくなっていたので何年ぶりか本当にわからないけれど、この日は家族で過ごせて本当に良かった!!(と言っても弟は肝心な時にいませんが)
一生忘れない日になるでしょう。
来年も、そのまた次の年も、末永く見守ってもらうために長生きしてもらわなくてはいけません。
夜、なかなか寝付けませんでしたが、お守りを握って、おばあちゃんに背中をさすってもらいながら眠りにつきました。
ここ数年、同じ時期に同じ出張に行ってます。一年で最もキツイ出張です。
去年は6日にドイツを出、日本に着いたら誕生日はすでに終っていたので、、今年は5日までに帰国!を目指しました(笑)
ずーっと、分刻みのスケジュールで移動も多く、さすがに疲れたー@@;
でもこれでやっっと一安心です。。
日本に着くや入っていた母メールでは、風邪とかひいていたら帰ってくるなと、、、
電話して、ひいてないけど帰っていいでしょうか、、と聞いたら、いいけどすぐにお風呂入って消毒、マスクね、と。
はーい(^^;)
それでもパパもママもおばあちゃんも、笑顔で迎えてくれました^^
そこへちょうど弟もきて、急にまた賑やかな家族 de 夕食タイムになりました。
でもパパの調子が良くなったのはついこの日から、それまで出張中、ずっと熱と吐き気が止まらず、大変だったそうです。。私に心配かけまいと弟は連絡しなかったそうです。そんなの後から聞くのも悲しいけど><
病院へ行き、あまりに不調を訴えるので、吐き気止めをもらったものの、MRIでもまた腫瘍ができているのが確認され、、12日から始まるはずだった治療がちょっとだけ延びてしまい、、元気でないとこの臨床試験は受けられないのだからあまり不調を訴えちゃだめ!と無茶な理屈でママが帰り道、泣きながら説き伏せたそうです。
複雑、、
いろんな面で、とても、というか変に、 、神経質になっているパパをみて、これも腫瘍のせいか、それとも辛くてヤケになっているのか、、わからないけど見てて辛い。
何にも考えないでいいんだよ、ほとんどのことは大したことじゃないんだから、とだけ言うしかない弟を見てるのも切なかったです。
そして翌日は私の誕生日。
5日の夜、寝ようと横になってるパパを囲んで弟が、誕生日やで〜と言って私がパパの手を握って握手〜ってしてたら、パパはまた、「パパ、また涙が出ちゃう〜〜」と笑いながら目を潤ませていました。
パパの前では泣かないと決めていた私も潤ッときてでも必死で隠してました。
良かった、良かった、本当に良かった、とずっと囁くように言っていました。
子供たちが順調に歳を重ねていくことを見守れるということがどれだけ幸せなことか、しみじみ感じているんだということがすごく伝わってきました。
自分の成長(といっても歳を重ねてるだけですが、、)を親に見せられる、ということも幸せなことです。
欧米ではクリスマスや誕生日など特別な日は、恋人も交えて家族で過ごしたりしますよね。
とてもいい習慣だと思います。
翌日、誕生日ですが、婚約者のTと共に初のブライダルフェア〜〜というものに行ってきました!
実は手術後、パパの病気が本当に深刻なものだと改めて思い知らされ、予定を早めて結婚式を挙げよう、ということになったのです。
たったの3ヶ月!
なのに一からスタートで繁忙期とも重なり、この出張前は精神的にキテしまい、、いっぱいいっぱいになって、Tに八つ当たりしてしまったりロクに眠れず、となって一瞬ボロボロでした。
Tはすぐに、余裕のない私に代わり会場探しや下見にあちこち奔走してくれました。すごく細かく、詳しく、できるだけ沢山の情報を私に持ちかえるために半日かけて一箇所を調べてくれたりして、頑張ってくれました。本当に助かるし、なにより気持ちが嬉しい。。(泣)
自分も仕事で忙しいのに、私は自分のことで精いっぱいで支えることも出来ないのに、Tはすごく私を支えてくれる。
とても反省、、
でも会場探しする時間がないのは事実。
ここは甘えて頼るしかありません。
感謝しつつ、仕事に集中して無事、出張を終えました。
2月末にもう一つ海外出張が入っていたのですがそれは部長の計らいでキャンセルしてもらいました。いい部長です。。
本番はこれからですが、一息ついたので気持ちは楽です。
あとはもう突っ走るしかない!
初フェアはとてもステキでした★
やっぱりウキウキしてきますね!なんだかやっと、実感が湧いてきました(笑)
本当に、いろいろとうちに合わせてくれようとしているTの気持ちが嬉しいです。
感謝でいっぱいです。
心から幸せを感じます!
夜は家でパパと過ごしたかったのでディナーはなしですが、めっちゃ豪華な料理を堪能し(笑)、可愛い洋服やカードをもらいました♪
そのカードには、とっっっても嬉しいメッセージが書かれていて、正念場であるこれからの一年、この人となら乗り切れると心底感じました。
涙が止まりませんでした。
今までで一番、もらって嬉しかったカードでした。
少し遅くなって家に戻り、いきなりケーキがでて来たので、ちょっとご飯を食べたいと、、
ささっとご飯食べて、ケーキでバースデーソングを皆で歌って、まちかねた、というようにパパがカーデガンに隠した水色の紙袋を「チラッ チラッ」と自分で言いながらチラ見せ。
これはとっても見覚えのある色ではないですか!
「じゃ〜〜ん」と言って渡されたのはやっぱりTiffany!
今まででちゃんとしたプレゼントらしきものをくれたことがなかった(記憶では、、)ので、びっくりしたけどそれよりびっくりしたのはなんと、パパが今日、あの風が異常に強くて寒すぎる中、なんとなんと電車乗って銀座まで行って買って来たというではないですか!
ずっと熱や吐き気があったので、いつもぐったりしていて家から出たがらず、見るからに無理だろうな、という状態であったにも関わらずです!
そういえば朝出かける前に、ママがお金くれて、好きなもの買っておいで、と言ってくれたものの、私が「パパが選んだものならなんでもいいのにな」とぼそっと言いました。(言ってしまったというか、、)
私が出掛けた後、それをママから聞いたパパがむくっと起きて、これは「いつまでも寝てるんじゃない、そのまま本当の病人になっちゃうぞ!」という神からのお告げだと、、そう受け取って、ママの支えを借りて一生懸命銀座へ向かったというではないですか、、
ばあちゃんは出かけるというパパを必死で止めたそうですが、パパはそれを振り切って出て行き、ばあちゃんは気が気じゃなかったと言います。
でも、ものすごく疲れたものの嬉しそうに帰ってきたパパを見て、娘というのはそれほど可愛いもんなんやねと(オイオイ)涙が出たそうです。
私も、涙をこらえるのに必死で喋れませんでした。
プレゼントは金のバタフライのネックレスでした。
パパが、いくつも見せられたけど、これしかないと思った、絶対これが好きだと思った、と強い口調で鼻息を荒くして断言。パパがそうやって私のために選んでくれた、そのことが何よりのプレゼントです。
もちろん、ネックレスもすごく可愛くてすぐに気にいりました♪
ママも、まさかこんなに早く一緒に買い物ができるなんて思ってなかった、楽しかった!
とすごく嬉しそうに言ってくれて、疲れたけど行ってよかった、親らしいことができて良かった、とパパも言ってくれ、暖かい家族に生まれて幸せだなぁとしみじみ感じてもう涙が溢れて止まりませんでした。
ママも笑顔で泣いてました。
これから毎年Tiffanyね!
来年はダイヤ入りだ〜〜と言ったらそれは厳しい〜〜とパパ。
皆で笑って楽しいひと時。
すごく幸せな時間でした。
今まで誕生日を家族と過ごすということがいつの間にかなくなっていたので何年ぶりか本当にわからないけれど、この日は家族で過ごせて本当に良かった!!(と言っても弟は肝心な時にいませんが)
一生忘れない日になるでしょう。
来年も、そのまた次の年も、末永く見守ってもらうために長生きしてもらわなくてはいけません。
夜、なかなか寝付けませんでしたが、お守りを握って、おばあちゃんに背中をさすってもらいながら眠りにつきました。
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