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2011年8月9日火曜日

葛藤 その2

週末、もんもんとしてる私を 友達が連れ出してくれました。

行く前に、両親の顔が見たいからとお土産もって家まで来てくれたのは嬉しかった。あち~~と言って二人して扇風機の前で冷たいお茶をがぶ飲みして、さて行くか!といって チャリで二人乗りしてよろよろ出発するのをパパママが手を振ってお見送り。なんだか懐かしくって嬉しかったなぁ^^ 両親ももちろん喜んでました。


遠出をしなくなってから久しいので、結構遠いところ(車ないし)は億劫で行かなくなってたんです。
でも思い切って高尾山!行ってみたら すごい、気持ちがいい!

なんていうか、大自然に包まれて、非日常的な空間で、とても開放的になるし汗もいっぱいかいて(着替え持っていけばよかった、、、)健康的な感じが、何よりよかった^^

友達とペチャクチャおしゃべりしながらひたすら山登り。
とってもリフレッシュになって、連れてってくれたことに感謝感謝!でした。


だけど。

家帰って、買い物から帰ったパパがそれはもうくたびれて、毛布をかけるでもなく寝るでもなくただ横たわってる姿を見てると あっという間に現実に戻りました。
アーモンドチョコが食べたい と言うのでもっていくのだけど、手に粒を置いてあげても手を動かせない。ゆっくり喋るのを聞きながら、口に一粒ずつ入れてあげてました。

ご飯ですよー という声に すぐ立ち上がることもできず、右が五十肩というのもあって 身体を振り子のように寝ながら揺らして勢いをつけて、左手をついてようやく起き上がるのです。支えなければ、もっと遅いです。
買い物中も、デイケアセンターに行き始めたのでジャージを買いに行ったそうなのですが 試着にとにかく時間がかかったとのこと。もう、立ったままではパンツを脱ぎ着することができないんですね。
裏表だったりしても、気にしない。
そんなことより着れた というほうが大事なのです。
そんなパパをママは寂しそうに見つめます。

高尾山の話をいっぱいしたかったけど、二人とも自分のことに精いっぱいでほとんどできませんでした。

パパはチョコを異常に欲してよく食べるのでお腹はかなりでてきてしまってるけれど 身体は 特に手足はすっかりやせ細り 一つ一つの動きも遅く、首はがくっと前に出て、58才にしてもうすっかりご老人のいでたちです。

通勤も(一応)するし、ご飯も食べるし、デイケアセンターに一人で通い始めるなど一見元気なようだけど、最近はずっと表情も暗く、何かを考えているのか、痛みに耐えているのか、、 パパを見ているととても、辛くなります。。
せっかく一時期調子がよさそうだったし アバスチンも腫瘍の拡大を抑えているのに ここまで暗くなったのはアバスチンの効果が平均で3か月と 先生に聞いてからのような気がします。もしくは 今までできていたことがゆっくり、でも確実にできなくなっていくことを感じて暗くなってしまうのでしょう。。。

もちろん、この1年半、闘病生活の中で暗くなることはそれはそれはしょっちゅうですが。。

本来のパパは めちゃめちゃお茶目で明るく、よく冗談を言っては笑い、頭もよかったので聞けばなんでも答えてくれて、かなりのお人好しで、心の広い人なんです。

この1年半で、本当に変わりました。
昔からパパママのことを知っていて好いてくれる(私の)友達がいることは、すごく嬉しいことです。


笑ってはいけないシリーズのDVDが届いたので見始めました。
パパママは笑って見ててくれたからホッとして、一緒に見たかったけど、なんだかどうしても心から笑えず、その場にいれなくなって部屋にこもりました。


せっかく楽しい、充実した一日を過ごしたけど、こうして両親と毎日過ごせてはいるけれど、言いようのない寂しさ、やりきれなさは 募るばかりです。

おばあちゃんが私たちに言っていました。
病人とずっと一緒にいる方も 病気になると。私は実の子供だけども 長男的な役割を担っているけれども、やっぱりずっと一緒にいるのも苦しくなって逃げ出したくなる時も、実際あります。。

でもママなんて四六時中パパと一緒、常に面倒をみながら 泣くこともありながら、それでも明るく鼻歌歌ってジュース作ったりしてるのを見てると いろんな面で頼りないママだけど、夫婦の絆ってものをしみじみ感じて、頼もしく感じます。弱音はいちゃいけないなと、、反省しますね。


しばらくしたらまた、パパが明るい表情に戻りますように。


2011年8月5日金曜日

おばーちゃん メールデビュー

おばーちゃんが、メールを打つ練習をしていくつかパパたちにメールをくれるようになりました。

それがもう、かわいいのなんのって。。(泣)
皆で読んで、頑張って解読するのがすごく楽しい。大笑いです^^

それを聞いておばーちゃんも、意図とは違うけれども楽しんでくれて嬉しいと、喜んでいました☆


これがおばーちゃんのメール^^ ↓

メールおほ ーたらけんきなーてね


 ヽ気持ちー前にいのつてる


かんこくひろはのちうもんこないわすれているの


あんしんしましたーわたしわなにもてきないけれとーふたりかなかよくすることかいちはんてすー


たかひこちらもとりのこえかきこえていますーあついのてきおつけてまたさんは・ーにゆけるひかたのしみ




一生懸命で いじらしくって 可愛くって ほんと、うちのばーちゃん大好きです☆☆





最近受けた、脳のPETの結果がよかったし、アバスチンも今のところ効いているようで(すごいことだ、、)パパの調子は今のところ良い感じです^^

立ち上がるのに時間がかかるようにはなっていますが。

明日から、デイケアセンターへ毎週行くことになりました。
毎週土曜日、ちゃんとお迎えも来てくれて、国からの補助で¥800程度で毎回利用できるそうです。

12時半~4時頃まで。
マッサージ、ストレッチ、ホットパック、自転車こぎ、自主トレーニン具(リハビリ)。

今日ママがずっとその契約をしてて、書類が山のようにあり、なんと3時間かかっていました。。こんなの、介護してるママが理解できるからよいけども 介護する人がいないとか、夫婦そろって老人でよくわからないとか そういう場合はどうするのでしょう。。

ウケたのが、今日契約にきたセンターの方の名刺をみたら、
名前が”りょう” (弟もりょうです)、センターの名前が”さとみの郷” (私の名前)

なんて偶然なんだろう!1人でも、私たちに見守られてるんだね~とほんわか^^

付き添いはつけられず、パパ一人で行くようになります。
この間がママの定期的な自由時間となるでしょう。

もちろん、パパが行ける状態である限り、ですが。

友達と会ったり、どこか出かけたり、たまにはパパのことを忘れて自由な時間を満喫してほしいです。



今日は、パパの大好きな ダウンタウンの 笑ってはいけないシリーズのDVDをアマゾンで買いました(笑) 
近年のはおもしろくなさそうだから、古いやつ。
楽しみです。

2011年7月30日土曜日

現実

昨日、帰ってからのパパはずっと無言で暗かった。
気分の浮き沈みが激しいのはいつものことだから、特に触れませんでした。

パパが寝た後、実は今日会社で パパがとても仲良くしていた方に怒られたらしいと ママから聞きました。
パパは会社にやっとの思いで行っても仕事がないので 他の方のやっていることを聞いて今の会社の状態を把握しようとしていたらしいのですが そうやって病人が会社の中でフラフラして 仕事してる人達の邪魔をしないでくれと 言われたそうなのです。
厳密には その人はそんな風には言ってはいないと思います。
おそらくパパがそういう風に受け止めてしまったのだとは思います。

会社に行きだした頃から おばあちゃんまでもが危惧していたことです。
会社のお荷物にならないか、そのうちパパにかまわなくなって パパが仕事もしていないのに放置されて寂しい思いをしないだろうか。

いくら、病気の進行を抑えてるとはいえ、たまに会社にも行けるとはいえ、いつ来るかもわからない病人の状態では仕事なんてもらえるわけがありません。あくまで職場に「通う」練習をすること、病院だけでなく社会とつながっていることを実感するために行くなら意味があるかなと思っていましたが、辛い現実を見て 落ち込んでしまいました。
パパの気持ちが痛いほどわかってまた ママが泣きます。

本人がどこまでわかっているのだろう、そんな気持ちがありながらも見守ってきましたが、やっぱり、、。


パパの脳の正常細胞はガン細胞が(薬で抑えているため)ゆっくり浸潤し蝕んでいます。
特に前頭葉の部分に浮腫が広がっているので、感情を統制する機能がうまく働かないのではと思っています。元気な頃と比べて もちろん、だいたいは普通に会話できますが、姿も中身も もう別人のようになって久しい。
健常者からは想像もつかないけど、そんな自分とも必死に闘っているはずです。

生きているのも拷問だ

そんな風に言うことがあります。
もはや理性もプライドも持てなくなってしまったら生きるってなんなんだろうなと思ってしまうけど
そんなことをぼんやり思いながら眠りにつきました。


でも 今日のパパは機嫌がいいみたい。
もう忘れているのか、とりあえず考えないことにしたのかはわからないけれど、そのままでいてほしいです。

天気もいいしね。とりあえずは、良かったなぁ。

2011年7月22日金曜日

アバスチン 2クール目 終了

今日は会社を休み、頭が心配なママの代わりにパパの病院に付き添いました。
アバスチン投与のため、です。
今日の睡眠3時間。昨日も、3時間くらい。
ものすごく眠い。。。

しかし起きたらパパはもういなくて、体調の悪いママを気遣って一人で病院に行ってきますとメモが置いてありました。

病院のアポは10時半の予定だったので これまたずいぶん早いなと、、眠れなかったのかな、など思いながらも弟にせかされながら準備し、病院へ。

ちゃんと、受け付けも済ませ 待合室でぼーっと待っているパパを見つけ、おはようっと隣に座ったらびっくりしてました。

点滴を受けている約45分の間、待合室の椅子で爆睡して、足がかつてないくらいにしびれた、、(苦笑)
点滴の針は太くて 骨と皮の間の 肉がほとんどないようなところに刺すから、すごい痛いのだとパパが言っていた。痛そうだった。。


2クール目の3回目がこれで終わりました。

昨日のMRI画像を見ながら担当医のO先生は、ママとパパが昨日、お金がないからもうこれで終了にする、それしかない、と伝えていたらしく、続けます、ときっぱり意思表示をしたら、びっくりして、ちょっと安堵して、でも果たして本当に支払続けられるのかどうなのか と半信半疑、な様子でした。

何度も、話の最後には 続けるということでいいんですね?と確認されました。

私はきっぱり、「効いている間は、可能な限り続けます。お願いします。」と伝え、先生もよし!という感じでなんとなく安堵の表情を浮かべ、スケジュールを伝えてくれました。


O先生は淡々としていて言いにくいこともあまり躊躇なく患者本人に言うし、表情もあまりないですが、でも話はずっと聞いてくれるしこちらが納得するまで付き合ってもくれる、先生として一生懸命考えてくれているということも伝わってくるし、時にユーモアも混ぜて話してくれる。

いい先生です。

帰りには ママもおばーちゃんも行ったことのある築地のお寿司屋さん すし三昧で、パパと遅いお昼を食べました。
あまりに睡眠不足のせいか、すぐに、苦しいくらいおなか一杯に。。。^^; 
ママのために持ち帰り用も手配したら、ママ、きっと喜ぶぞ~ととっても嬉しそう。台風のピークだといわれていたにも関わらず結局雨は降らず 青空も出て、ずっと険しい顔をしていたパパの表情もやわらかくなって、最近面白かったTVの話で笑ったり うたた寝しながらいい気分で帰ってきました。

帰ってきて開口一番、ママに頭はどうだ?と具合を聞きます。
大丈夫と聞くとほっとして、お土産話をして、すぐに寝ちゃいました。


結果が良かったから安心したんだろうねと、ママもほっとした様子。


でも 先生が言っていたことは決していい知らせではありません。

前から何度も念を押すように言われていますが、アバスチンは今現在、日本では未承認薬でありながらもパパの病気には一番効果がある薬です。現に進行が抑えられているという結果が出ている。

でも 完治する薬じゃない。

特殊な薬(誰でも使えるわけじゃないし、治検の結果くらいしかまだ日本にはデータがない)なだけに、これまでのアバスチンを受けた人の流れというのはアバスチンを続けていながらも再発してやむなく止める、薬を替える、という場合がほとんどで、お金が続かなくなって止める、ということはなかっただけに、パパの場合、始めたはいいものの止め時が難しいと、私たちも先生も、自覚し、悩んでいました。

私も弟も、貯金はほとんどないし、今後のことを考えるとすべて使い切ることに少なからず躊躇がありました。。

だけど 今私は働いていて、給料ももらっている。少なかろうが、貯金が少しはある。これらを薬代に使い切ったとしても、その後また稼いでいけばいいじゃない、、、

私たちには先があるけれど、パパには、今しかないのだ。
万能薬じゃないだけに、再発するまでどのみち長くはないという。
今、できることをできる限りやらなくてどうする。

そう思い直してからは、気もちが吹っ切れ 効果があるうちは、続ける!と心に誓ったのです。

でもそれはあくまで家族の意思。
パパは、できるだけ苦しまずに あの世に行けるなら もういつでもいいんだと 言います。
期間がどう変わろうと、結果がわかっているだけにそんな大金を遣ってほしいとは思わないと。。
でも ママが泣くから 一人遺すのがかわいそうだから 頑張って元気になって働いて 面倒を見てやりたいんだ それだけなんだ、、 と。。

だから、効いているうちは少なからず元気でいられるアバスチンを、続けることには意味があるんだよと話し、お金の心配もしなくていいと なんでもないように話しました。
パパは そうか、、とどこを見るでもなくうつろな目で宙を見つめ アバスチンを続けることを了承してくれました。


先生には詳しくは話しませんでしたが、こんな家族の気持ちを察してくれていると思います。

喧嘩した話もしたら、喧嘩なんかしないで仲良くしてください、とちょっと笑いながら諭してくれました(笑)



実家のトイレには、よく田舎の家にあるように、格言集のような日めくりカレンダーみたいなものが掛けてあります。

今日の一言:

明日を思い患わず 今に生きよ
今を生きる者は 幸いなり



2011年7月21日木曜日

喧嘩

今、弟とパパが ママを連れて病院へ行きました。
今何時なんだろう、、 2時半だ。もちろん午前です。

それはそれは高額な未承認薬と少し借金を抱えながらの生活。傷病手当期間が終わってしまった今、今後どうするか、について冷静に話し合おうとしていただけだったのに。

仕方のないことだけど、パパママはどうしても客観的視点に欠けてしまっている状態だ。 半ばやけにもなっている。 
話していると、私と弟も冷静さを欠いて 感情的になっていき あげく家族みんなで大ゲンカ。

日頃の疲れ、悲しみ、憤りから ママは見たことがないほど発狂し大声で泣きわめき パパと一緒に死んでもいいなんて言い出し それに対して弟も見たことがないほどに怒り、パパも大声を出してママを責めるなと 私たちに怒った。

責めてるつもりはもちろんないのだけど、パパママに論理的思考なんてもはやできるわけがない。責められているように感じさせてしまったんだ。
でもわかっていても、頑張るって言ってほしかったんだな、、充分すぎるくらい、ママはずっと 頑張っているのに。
それに卑屈なことを言うパパにも、もっと前向きなことを言ってほしかったんだ。
それこそ充分すぎるくらい、誰よりも辛い毎日を過ごしてきているのに。

でも私も弟も 自分たちなりに、できることを精いっぱいやっているし、やっていく覚悟はある。それをないがしろにされた気持ちになって、納得がいかなかったんだな。。つまり私たちも冷静さを欠いていたわけだ。
やっぱり、私たちも 辛いから。


最初こそ大声出してしまったのは私だけど、親兄弟が怒鳴り散らし始めたらさすがにもう言葉は出ない。。なんでそんなことを言うんだろうという悲しみや絶望感でいっぱいだった。

でもそんなに半狂乱になるママは初めてだったし、その辛さ、やり場のない深い悲しみ、憤りはいやというほど伝わった。
大声を張り上げて泣き出したママを見て抱きしめずにはいられなかった。
腕の中で暴れるママを 逃がさないように離さないように しっかりと抱きしめた。ごめんね、ごめんねって言いながら。


頭が痛いって 急に頭を抱えてうずくまり、呼吸が乱れながらも、パパがたまに発狂して家を飛び出していく気持ちがよくわかった、おかしくなったんだと思ってたけど、やり場がなかったんだね、今までごめんねって、泣きじゃくりながらパパに何度も謝った。

パパはずっとママをかばい、背中をさすって優しい言葉をかけ続けた。私たちには、お願いだからママを追い詰めるようなことは言うなと、びっくりするぐらい大きな声で 怒った。

弟はね、ずっと私の味方をしてくれてたんだ。
言っている内容はしごくまともで、優しいことを言っているんだけど、ただ言い方がきついだけなんだよって。内容を聞いてって。

でもパパはずっと謝り続ける。すべての原因はパパにある、ごめんなさいって。 お金をジャバジャバ薬に使わないでいいって 言う。
私は、怒るわけにいかないと思ってたのに、口調はどうしてもきつくなってしまったんだな。。そんな風に言わないでほしいっていう気持ちが強くて。
それでこんなことになってしまった。 原因は私か。。。

今3人は病院にいます。

行く前ママが、(弟)を怒らせてしまったって泣きじゃくりながら謝っていた。
そして ぼーっとしてしまって表情が氷ついた私に抱きついてきて ごめんねごめんねって何度も謝った。一生懸命になって考えてくれてるのにママがわかってなかったね、ごめんねって。さっきずっと抱きしめてくれてありがとうね、ママにはそうやって抱きしめてくれる人がいないから嬉しかったよって、泣きながら 何度もありがとうねって 言ってくれた。

だから言ったでしょ、ママは一人じゃないんだよ。
だからもうどうでもいいなんて言わないでよ。。

すでに大分落ち着いてきてたけど、夜間診察の予約とったから念のためと言って病院へ行った。
弟がいるから安心と思って私は残った。やっと、私も落ち着いてきた。。

しかし、どこか頼りなさげだけど心が優しくて 人情に厚く道理がわかる弟がいて本当によかった。もし一人っ子だったとしたら、心の冷たい兄弟だったら、本当に辛かっただろうし 支えるにしてもかなり限界があるよなぁ。。
いつか子供を持つ日が来たら、最低二人はほしいなとしみじみ感じました。

パパも怒鳴るほどの元気があるのを見て、複雑ながらもちょっと嬉しかった。普段は消え入りそうな声でしゃべっているからね。


しかし、昨夜も調べ物で 寝るのが明け方くらいになってしまって
いたというのに、また寝不足だよ、、、

残業しなくなってもこの生活は変わらないんだなぁ。。

2011年6月23日木曜日

ハマっています。

実は私、K-popに今更のようにハマっちゃってます(笑)

私はなぜか洋楽をあまり聴かなくなって韓流に徐々にはまり始め、
今じゃBigBang大好き(笑)
でもこれって、今の日本の大部分の人の流れなのだそうです。

BigBang, いいですよ〜〜 歌も声も好き〜〜:D
BIGBANG2というアルバムが好き。最近毎日聴いてます。
歌うまいんですよ!!
中でも好きな曲(japanese ver)↓


でもテソンが、、、ちょっと前に事故起こして、今は活動休止中なんですよね。。
事故のあった橋、通りました。たまたま。
一番声が好きなのに、、ほんとに不運な事故で、よりによって人気絶頂アイドルがこういうことになったりするんですよね、不思議なことにTT
活動再開できるまでになるかどうかもわからないけど、待つしかないですね。

ほんとちょっと前までは、かわいさ満点の東方神起がいいと思ってて、
私はThe 一般人なので、やはりジェジュンがいい(笑)
ただし5人の頃の!! 5人のままでいてほしかったなぁ。。
昔Tが和田昌也さんと作曲・編曲担当したTry My Loveもけっこう好き♪

なぜか、解散してから気になって好きになるというパターンなんだよね、私って。
*チェッカーズもそうでした^^;

中途半端にハングル、母音だけ読めるようになりました(笑)


ママは筋金入りの韓流オタクなので韓国旅行、パパと行きたいって、言うだけでもびっくりなのに、なんとほんとに連れて行きました!ばーちゃんまで連れて!

先週末。
同じ週末に私もTとTの友達夫婦と一緒に行ってたので、現地で皆で会う事ができました!!
その日は父の日だし、来る23日はおばーちゃんの誕生日。

こりゃいい機会と、ケーキにキャンドルたててもらったりしてちょっとしたお祝い☆
することができて、パパも機嫌が良くてほんとに良かったです。


翌日からはまた体調も良くなくて、ずーっと部屋にいたりとにかくどこも行かなかったというので帰国後は機嫌悪かったんだけど、まぁ、仕方ないですね。。行けただけでもすごいんだから。
お医者さんもいちいちびっくりですよ。

これで弟夫婦も来れればよかったんですけどね!!結婚記念日だったし。


パパも韓国料理がそれなりに好きで、家でも新大久保の韓国スーパーから取り寄せたサムゲダンしょっちゅう食べてるんですよ〜

余談だけどほんとに新大久保って、原宿と化してますね。
ママが、若い子が増えすぎて行きづらくなったとぼやいてました(笑)


7/13には東京ドームのKBSのイベントに行きます!!
なんとTの会社が、いろいろアーティスト関係もやってるんですけど
KBSとも手を組んで、プロデュ―スを手がけているんです!
ちょー楽しみ〜〜♥


韓流ファン仲間が欲しいので私もスキーって人、誰かいないかな〜
会社では今のとこ一人しか見つけてない^^;

一緒にSATCではしゃいでた友達にはまさかの寝返り(笑)とブツブツ言われるけど、今は欧米はなんだか活気がない気がして。

今回韓国行って、トイレ事情とかはまだまだだけど、おしゃれなお店や雑貨や服とかも多いし人の消費意欲もすごいし節電て何?的な勢いをすごーく感じてパワーもらって帰ってきました。

会社でも、なんだか上司たちにいいなー、俺も行きたい、今すごいでしょ、あの国。
みたいな事言われましたよ。

のり輸入するか!とか言ってw

また、すぐ行きたいよ〜。


2011年6月14日火曜日

復職とエコノミー症候群

とりとめのないタイトルですが。

気がつけば5月中は丸々1ヶ月書いてなかったんですね。
その間にもちろんいろいろありました!


アバスチンももう4回やりました。
副作用はもちろんあるわけで、帯状疱疹もまだ残ってて頭痛いし、常にどこかが痛く、不調と戦う毎日です。(私もいつもどっかしら辛ーいとか言ってるけど比べ物にならない。なる訳が、ない。。)

そんな中。
私の結婚式にも来てくれた、NY時代の友達がパパになんかしてあげたいと、かなり身体に良さそうな健康食品を送ってくれました。

気持ちだけでも嬉しいのに、行動にうつしてくれることがものすごく有り難く、届いてから、パパと有り難いねぇって話してて電話口で涙声になっちゃいました。

彼女にはいつも、パパの事でママや私のことまですごく心配してくれてて、心強い言葉をかけてもらっては両親共々癒されてるんです。

やっぱりこういう事はどうしても人ごとなので、言葉だけならいくらでも言えるけど、そこにどれだけの気持ちがこもってるかは人によっても関係によっても大分違いますよね。
彼女は愛という字を人にしたような女性なので本当に胸を痛めてくれてる、心配してくれてるのがわかるのです。

千葉の片隅でひっそりと、毎日病気と闘っている老夫婦にとって、彼女のように心底応援してくれる外の人たちがいるってことが伝わるのが、どんなに心強くて嬉しい事か。
いつも痛みにこらえて険しい表情をしていても、そんなときはパパの顔に笑顔が戻り、本当に嬉しそうです。
私も、嬉しい。
家族や、心底心配してくれている人たちと話して時には笑ってワイワイすることが、何よりの薬になると、パパは言っていました。

私は自分が病気なのではないけれど、こうやって親が闘病していることで一緒になっていろんな事に気づかされる毎日です。


そんな応援を支えに頑張ってきたおかげか、アバスチン始めてからのMRIでなんと播種が一部、陰が薄くなっていたのです!一部だけど、進行を抑えているってことです!
アバスチン、すごい!

一時元気を取り戻して、ヨロヨロしながらも私が予約とってあげたオークラ東京ベイのフレンチトーストだって食べに行ったし(私も行きたかった! ^^;)、なんとこないだは、フラフラしながらも車を運転したと言うのでそれはさすがにびっくり。
危なっかしいぃぃ><

大ニュースはなんといっても、パパが会社復帰を果たしたこと!!
会社の社長さんや部長さんや同僚の方々がすごーーくいい方達で、家まで何回かお見舞いに来てくれたり、無理のないような勤務体制にしてくれたり、会社にパパだけでなくママの席まで用意してくれたりと心配りが有り難く、初日も温かく迎え入れてくれたそうで、とても感動してました。
いい会社だなぁ!


しかし。

パパと一緒に通勤することになったママは、毎日会社へ通うということをほとんどした事がありません。3日目にはママのほうがダウンしてしまって、この夫婦は二人で一人なのでこの日は早速会社を休んでしまいました^^;

そのまま週末に入ると今度はどうもおかしかったパパのふくらはぎがどんどん腫れ始め、歩けなくなってしばらくまた行けなくて、やっとこないだがんセンターで診てもらったらなんとエコノミー症候群でした。

動かなくなるから、患者さんはよくなるんだそうです。
しかもほぐそうとして自分で揉んでしまう人がよく居るそうなのですが、血栓がもしできていたら、それが肺とかに移動したら詰まって苦しくなったり危ないことにもなることがあるとのこと。
しかも同時に五十肩。これも治療始めました。

大事にはいたらなくてよかったけど、本当に、がんになるって、身体のあちこちをどんどん蝕まれていく恐ろしい病気なのだとつくづく感じました。。

次から次へとパパを悩ませる痛みや苦しみ(もちろん悲しみも、、)だけど、もう1年以上、よく耐えてきていると思います。
あちこちボロボロになりながらも、その度に修理して、メンテして、大事にしながら毎日つきあっていくんだね、人の身体って、とパパは言っていました。
私だったらとっくに気がおかしくなっているだろうなとビビりながら、頑張っているパパには本当に少しでも楽しい気分になってもらいたいなぁ、元気になってもらいたいなぁと願うばかりです。

結局まだ2日間しか会社へは行ってません。
それなのに、実はこの週末、たまたま金曜日にくる事になっていたばーちゃんを連れ、パパママと3人で韓国に行く事になっています。

お医者さんもびっくりですよ。
でももう、どこでも行きたいところに連れて行ってあげてください、なんでも好きな事やらせてあげてくださいと言われてます。

本当は私も一緒に行きたかったところ、パパの状態がわからなかったので前もって決めることができず、私は友達夫婦と韓国行きを決めていました。
急に、パパが元気そうだからと、私とほぼ同じ日程でパパ達も韓国行く事にしたというのです。
予約したときは確かに一時元気そうだったけど、今の状態では、普通に考えると行ける状態ではありません。
毎日状態が違うし、果たして行けるのかな。。

香港だって行ってきたし、そのミラクルっぷりで今回も無事韓国旅行を果たしてほしいものです。
そして現地で父の日と、その週にくるばーちゃんのバースデー、一緒にお祝いしたいです。