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2010年1月28日木曜日

なんだか

考えること、やることがいっぱいで、物理的に時間もなく、、、


心が折れそうです。。。



明後日からは、1年でもっとも忙しい出張です。
準備が一向に進みません。

2010年1月27日水曜日

退院が延びました

予定では今日退院するはずでした。
退院といっても、治療が始まるまで少しあるので、その間帰りなさい、というものです。
外泊した時に鼻水が止まらなくなってずーっとティッシュを詰め、鼻たれ小僧や〜いと言ってたのは、じつは脳内の髄液が流れてきているとのこと。(ひぇ〜><)
逆流したり感染症を防ぐためにもしばらく安静にする必要があるそうです。
しかも常に頭30度に傾けた状態で。
右耳も、中耳炎がひどくなってきて、ほとんど聞こえないと言います。
退院は約1週間延びてしまいました。

元気なようでもこうやって身体のあちこちに不調が見られるのは、やはり心配ですね。。

でも最近はメールも打てるようになり、病院へ行けない時間や日は、マメに連絡とってます。
パパのメールに昔からついてくる署名は可愛くて、ここで絵文字が出ればいいけど、、出ないので言葉で書くと、、

キラキラ、リンゴ、"パパ"、ニコニコ顔、Vサイン、お風呂マーク、ビール、にっこり顔、ハート、zzz、流れ星。

朝日がキラキラ上って、フルーツで朝ごはん、頑張って会社行ってきまーすのVサイン、帰って、お風呂入ってビール一杯、家族団らんでリラックス、お休みなさい〜★

という一日の流れなわけですね(笑)
平凡で、同じことの繰り返しだけど、とても幸せな日々。

入院中は、血圧測りまーす、おやすみなさい、夫婦(家族)団らん、フルーツジュース、家族団らん、おやすみなさ〜い

治療通院の頃になると、病院行ってきまーす、帰って野菜ジュース、家族団らん、、、というものにすり替わるのですね。

元気でさえあれば、これもなかなか悪くない??
元気でさえいてくれて、ストレスフリーで楽しく幸せにさえいてくれれば、周りの皆も幸せです。
どうか、このまま何ごともなく、平穏な日々が続きますように。

2010年1月24日日曜日

感謝 感謝

いきなりの外泊だったので、もぬけの空になった後に病院にお見舞いに来
てくれた方も何人かいたようで、、

申し訳なかったですね(汗)

本当に、いろんな方々に心配いただいて、手術前も中も後も付き添って下
さったり、遠くからはるばるきて下さったり、お見舞い品やお見舞い金も
あちこちから頂いていて、本当に、心強いし、何かとお金がかかるので助
かります。

私も、このブログを見て心配してくれた友達から激励メールをいっぱいい
ただいてます。
皆、本当にありがとう。この場を借りてお礼させてください!
ちゃんと返事できてなくごめんなさい、、(泣)


特に弟嫁の家族には親戚一同でお世話になっていて、精神的にまいりそう
だったママに疲れを癒してと入浴剤や激励の手紙を頂いたり、病院の食事
は飽きるからと差し入れをくださったり、ご両親がそれぞれ来てはご飯を
食べさせてくれてたり、腰をマッサージしてくれたり、、。

家族が増えるってこんなにも心強くて、幸せなことなんだなぁとしみじみ
感じます。

今夜、また病院へ戻ります。


実は臨床試験に参加することになったので、治療開始が2週間遅
れ、その間は家でただ待つしかないというなんともじれったい状態、、。


とにかく免疫を高めることが何より大事とあらゆる本に書いてあるので、
野菜・フルーツをたっぷりとって食事に気をつけなきゃです。


一日2リットル分の野菜・フルーツを、半分はジュースに、半分は
生で食べることがとにかくいいらしいので、これからは大量に必要という
ことに、、@@

しかもミキサーではなくジューサーが良いとのこと。
ミキサーとジューサーって違うのか、、


牛乳はあまり良くないけど、ヨーグルトはとにかくいいそうです。

家事のプロ(片付け以外)のおばあちゃんが居てくれるので超
助かってる><!!

とにかく治療前の今が大事です!!


そんな時に残業、出張で私ぜんぜん役に立てず、、住民票変更や定期買い
替え、免許、パスポートも更新しないといけないのでなんとも煩雑でかな
りブルーです><


でもパパが一番頑張ってるので私が音をあげちゃいけません。

頑張ります。

外泊です!

木曜日   今後の治療方針の話。
金曜日   抜糸!! 歩行器なしで歩いた!
土曜日   とうとう今日、一日外泊で 家に帰ってきました!

私は残念ながら夕方まで用事があったので病院出るときは付き添えませんでしたが、
家に帰ってみると、いつもの定位置にちょこんと座り、ママ、弟夫婦、伯父夫婦、おばあちゃんという、狭い部屋なのに大所帯に囲まれて、ニコニコしていました^^
頭は相変わらず伸びるガーゼのようなものをかぶっているし(smarfみたい!)、眼鏡もつけていないからいつもの様子ではないものの、それでもパパが戻ってきたのは本当に嬉しいです。
ご飯も、ずーっとおもゆだったのに、いきなり普通のご飯、しかもばあちゃんの豪勢な料理が次から次へと出てくるのを、少しずつだけどちゃんと食べています。
すごいじゃん! (ばあちゃんも!)
喋りはゆーっくりだし、普通にみんなが話してる会話にはついてはいけないけど、食べると元気の出方が違うと言って感動していました。
頭の傷口を初めてみました!
耳の上のあたり、紙の毛は刈られ、扇状というか、、半円形?の傷跡になっていて、けっこうすごい光景でした、、、。
本人が見たいというのでデジカメで撮影、TV画面で試写会、、
すごい光景でした^^;
先生はもう傷口を下にして寝ても大丈夫というのですがさすがにまだ痛いし、そういう気にはなれないと、、
そうだよね><

お風呂も久しぶり!気持ち良さそうでこっちも嬉しい!
歩けるとは言え、ご飯も食べれるとはいえ、うちは家族そろって心配性、トイレもお風呂も何するのにも、みんなで寄ってたかって囲んで支えてついていきます。
一見、おかしいかもね、、
病院でも私たち毎日いるし、なんでもやってあげるからいたれりつくせりだし、面会時間過ぎて隣のおじいちゃんやナースにさりげなく毎回文句言われても遅くまでいっつもいて、実は名物患者になってるんじゃないかと思います^^\

でもできることはなんでもやってあげたい。
もう絶対、さみしい思いなんてさせない。

早くケタケタ笑う顔がみたいな。
ともかく傷口が早く良くなって、痛くなくなりますように。。

2010年1月21日木曜日

治療法

昨日は一日熱があり、私が着いたときはしんどそうに歯を磨いていまし
た。
熱を測ったら38.5度も!
普通の人でもかなり辛い。
さすがにぐったりしていました。
調子が良い日と悪い日が交互にきているように感じます。
ー 一昨日の夜。ー
3時頃まであれこれ調べていて、やっぱり先日東大病院の権威にすがるよ
うにメールで問い合わせた療法が、まだ新しすぎて有効性は保障されてい
ないもののそれでも一筋の光が見えるような気がしてなりません。
臨床試験の申し込みフォームを発見、これは、、と思ったものの、パパの
了承も得ず、主治医にも相談しないでいきなりこれは送ったらややこしい
ことになるかな、と躊躇してしまいました。
メールの返事はきておらず、そりゃそうだよね、、大先生は忙しいよ
ね、、
それなら明日、直接電話して問い合わせるしかない。
連絡先を控えて寝ようとしたら、gnoteで情報を共有している弟か
ら電話が。
弟は、このウィルス療法についての記事を何回も読んで、これは希望が持
てるんじゃないか、と大興奮でした。
私も、やっぱりそうだよね?!と心強くなりました。
翌々日の木曜日には今後の治療法についての話があります。そしたらすぐ
に放射線治療が始まってしまうでしょう。
もちろんすぐにでも治療は進めたいですが、いわゆる平均余命1年
とここ何十年進歩のない標準治療だけというのは納得がいかない。
どんな治療法がベストなのか、自分達に知識がなければいろいろ質問もで
きないし、言われるがままでは不安が大きいです。
もちろんこの病気専門の、権威ある先生なのだから、私たちが何をどれだ
け調べようと結局はお任せすることにはなるのですが、それでも知識は必
要です。

ー 昨日の朝。ー
スタンバって、9時頃東大病院に電話してみました。
担当者がまだきてないから10時にまたかけなおして、と!
なんだか息巻いていたのでがっかり、でも急いで準備しないと今度は会社
に遅れちゃう!
お昼にまたかけよう。
そうしたらお昼、弟から電話がありました。
実は朝6時までかかって、ウィルス療法の臨床試験に申し込んでく
れたようです。それを見て東大病院から直接電話があったとか!
内容は、今のパパは再発したわけじゃないし放射線治療もまだなので、対
象にはならないだろうということ、、そして今かかっているがんセンター
の先生は、以前東大病院で一緒にやっていたことがある、よっぽど経験豊
富だから任せて問題ないと思う、ということでした。
他にも、良くも悪くもいろいろ話してくれて、その後弟へメールもしてく
れて、とっても真剣に親身になって対応してくれて、なんだかとっても心
強く感じました。
しかし、、
その直後に私が担当医に電話して、パパなしで最初はあれこれ質問させて
いただきたいとお願いしたら、患者と家族と別々に話すようなことはしな
い、患者さんにも包み隠さず話すのが病院の方針です、とはっきり言われ
ました。。
ちょっとたじろいでしまいました。
パパがが心配です、、、。
でもがんセンターはその名の通り癌の患者さんばかり。それが方針だと言
うなら、結局はそれが最も良い方法だからなのでしょう。。
私達が気になっているウィルス療法についてもよくご存知で(当た
り前ですが、、)、先生は、それよりもアバスチンを検討してい
る、と。

アバスチン!
一緒にいろいろ調べてくれている彼氏さんが、主に海外のサイトや文献を
見てくれているのですが、そういえばアバスチンが気になると言っていま
した。
療法ばっかりで薬についてはあまり調べていなかったので(という
より時間が足りず、、)、明日話を聞くまでに調べなきゃ!!
今日は、一人で気が狂いそう!と心配の塊になっていたばあちゃんが来て
いました。お迎えは彼氏さんに頼みました。
が、香水やタンスの匂いが頭にキツイと、部屋から追い出されて廊下にポ
ツンと座ってました。。
さすが親娘ですね。
ママはやっぱり安心して、少し元気になってました。
ここんところ毎日通ってるんじゃないかという藪そばにまた食べにいきま
した。
パパがあんなに質素な食事を頑張ってもほとんど食べれないというのに、
ガツガツご飯を食べる気にはなりません。
だからここのおそばくらいがちょうどいいのです。でも今日は漬丼にして
みました。
やはり食欲はそそりませんでした。。
家に帰ると10時半ごろ。
アバスチンについて調べましたがどうも、薬はいろいろでてくるし難しい
です(泣)
とにかくまだその有効性はハッキリとは証明されていないようですが、テ
モダールがでた時に続く、期待されている薬のようです。

これはもう、明日先生に詳しく聞くしかありません。
ネットで見つけた良さそうな薬名や併用例をメモリ、明日に備えることに
しました。

2010年1月19日火曜日

一歩、また一歩

仕事中、ママがメールで、パパが立って歩いているところの写真を送ってくれました。
嬉しかったー!(TT)



会社の定時が7時だったので、7時すぎに急いで会社を出ました。



口が開けないパパのためにいくつか大きさの違う歯ブラシを買ってはいたのですが、それでもまだ大きすぎたようで、子供用の歯ブラシを買いに走ってドラッグストアへ行きました。



7時半には病院へ着いているはずが、、
うーん、やはり微妙な時間帯、、難しい。



走れるところは走って、8時すぎに着いたら、ちょうど歯を磨くところ! 
ちょうどよかった、と思ったら、私を待っていたのだそうです^^\



GUMと乳歯用のそれはそれはちっちゃい歯ブラシ。
乳歯用は、さすがにブラシの面積が小さすぎて手をいっぱい動かさないといけないから疲れると、、
役にたてなくて残念(TT)



それよりも、、ベッドにしゃんと座って、体についていたチューブも全部取れて、腰を必死にストレッチしようとしてたり、なんだかとっても前進している!!すごい嬉しかった〜〜〜!


相変わらず目はなんだか焦点が合ってない感じだけど、喋りも少しははっきりしてきたし、日一日とよくなってるパパをみるのは本当に嬉しいです。



そうだよね、普通に風邪ひいて高熱出して1週間くらい寝込んだりしても、だんだん、生まれた時からこうなんじゃないかって思ってくるくらいしんどくて辛くてなかなか動けないもんね。


ましてや手術なんてした後だし、そんなすぐにけろっとしているわけがない。
焦らずゆっくり回復していかなくちゃ。



今日は30分しか居られなかったけど、パパが回復してる姿を見られたのでとっても気持ちが楽です。





10時に帰りついてからはいつものように調べものです。



今日は、東京大学医学部付属病院の特任教授が、なかなか発達が見られない膠芽腫の治療に画期的な、ウィルス療法という治療法を研究中で、昨年8月に臨床試験を開始したという情報を頼りに、
この教授様に直接メールで問い合わせてみました!

http://www.h.u-tokyo.ac.jp/upload/r20090810173512.pdf



返事くるかな、、なんて言われるかな、すごくドキドキです><



でもこうやって、一歩一歩前進あるのみです。
パパも一歩一歩頑張ってるんです。






少しでも多くの情報がほしいです。

もし医療関係者が知り合いにいるとか、何か情報をおもちの方、ぜひご連絡いただければと思います。
少しでも多くの方に知って頂けるなら、光も見えてくるかもしれません。

何卒よろしくお願いします。

2010年1月18日月曜日

お年ごろ。

今日は、朝病院寄って会社に行くつもりだったのに、、
あまりに朝弱い私は起きれなくて、結局仕事後も行ける時間あるかどうか
という微妙な時間になってしまいました。。
実は、ママを一人にはしたくないので、一緒に住んでいる婚約者T
の良き理解もあり、実家に戻ることにしました。
会社まで20分だったのが1時間に、病院まで15分だっ
たのが40分に、と遠くなってしまい、朝もめっっぽう弱い、これか
ら仕事が繁忙期で残業も増える、という時期に一末の不安を覚えておりま
す。。
歩くことが増えたから運動にはなるかな。。

あぁ、パパの顔見てから会社行きたかった( ; ; )

11月に旦那さんを亡くした福岡のおばあちゃんも、心配で一人でいても
たってもいられないとこっちに来たがってるんだけど、ママが気が散漫し
て忙しくなってキャパオーバーになるんじゃないかってことをパパはすご
く心配してる。
パパに専念してほしいんだろうな。
退院後、家に帰ってきたときに家族が増えてるのは賑やかでいいんじゃな
いかとも思うんだけどね。
私は仕事がちこっと忙しくなるからママの手伝いもろくにできないし
なぁ。寂しくないように一緒に居てあげることしかできない、、
入院中は私は麻布十番に残ってマメに病院行けるようにしたほうがいい
か、ママの側に居たほうがいいか、、
Tがともかく理解あるので、その辺は自由に選ばせてくれるので助かって
ます。
自分がある程度の年齢になると、親が歳とったとき、病気になったとき、
という状況は必ずくるけど、状況的に親にかかりきりになれないのは、辛
いですね。。

術後3〜4日目

術後3日目

今日は一般病棟へ移動の日です。


昨夜はちゃんと寝れたかな、もっと元気になってるだろうな、
と思いながら、11時に17階へ来てくださいと言われた通り行ってみると、

手術前と同じ部屋にパパが居ました。

ベッドを半分起こし、座ったまま何もない壁をぼーっと見ていて、
周りには看護婦さんも誰も居ず、一瞬見てすごく切ない気持ちになってしまいました、、
すぐにかけより、声をかけると、ゆっくり、ぼそっと、今移動してきた、と。
なんだか予想に反して全く元気がありません。
視線もまっすぐ前を向いたままです。

ベッドを倒し、まくらを微調整して、横になったものの
頭が痛い、寒い、熱い、の繰り返しです。

この日は文字通りつきっきりで看病です。
ママは何かしたくてたまらないのですが、パパが頭に触れそうで怖いとか、
それはしないでいいとか、痛いからやめてとか、、何をやっても
却下されるので(まぁ、これはいつものことなんだけど、、笑)私と弟が
横であれこれしてあげて、ママは一番遠いところでポツンと座って、
心配そうにこちらを見ていました。

この日は始終、パパに元気がなく、一人じゃできない、と
ぼそっと、悔しそうに言う姿とか見るとたまらない気持になります。

私たちがタオルケットや毛布や枕の微調整を必死にやっていると、
ときおり、ありがとうね、と目をつぶったまま言ってくれました。
そりゃ当り前でしょ〜、どんどん甘えなね!と言うものの、
それ以外にかける言葉が見つからず、私たちがじとっと傍で
ひたすらパパのこと見てるだけなのが余計元気なくしてたらどうしよう、
とか、すごく心配になりました。。

友達に、がん細胞を死滅させるために、「笑うこと、笑うこと、笑うこと!」
と聞いていたのに、私たちはどうも余裕が持てず、ユーモアに欠けるようです、、
こんな時は、やっぱり友達とかが勇気づけて笑わせてくれたらな、と思います。

私が一人で看病している間、パパが何度か短く眠りました。
一度、寝ているパパの顔を見ていると、唇がきゅっとへの字になり、歯を食いしばるような形になって、閉じた目にうっすらと涙がにじんできました。

悔しそうな、悲しそうな顔でした。
思わず手を握ると、表情は元に戻り、またすやすやと寝ていました。

私はパパの気持ちを思うと、涙を抑えるのに必死でした。

こんな状態で帰りたくはなかったけど、消灯時間にゆっくり寝れそうだったので
8時ごろ帰りました。

今夜は弟夫婦がママと一緒に寝てくれます。
本当に有難いことです。






術後4日目


4日目の今日、私と弟で広島へ行きました。朝早くに出発したので全く寝ずに。。

寝てないから、その間パパはちゃんと寝れてるかな、一人でさみしくないかな、
と心配で心配でたまりません。本当は会いたくてたまらないけど、今日はやることがあります。


広島はパパの故郷です。パパのご先祖様が眠っているお墓があります。
うちは何かというとご先祖様頼み。
私自身はなかなか腰が重くて家族で行く時くらいしか行かないのですが、
今回は弟が行こうと言うので二つ返事で一緒に出かけました。
日帰りです。
行きの新幹線では4時間ひたすら爆睡、11時に着いて、
軽くお昼を食べながら、2人でご先祖様へお願いのお手紙を書きました。
弟のお嫁さんに電話で、今日は昨日よりだいぶよく、朝なんて看護婦さんと
部屋のあるフロアを一周したとか!
それを聞いて本当に嬉しくて、急に食欲が出た!と、弟は私の食べ残しのカスのような
パスタをがっついてました。
本当に単純で純粋で、ビビリで小心者だけど本当に心の優しい子に育ったなぁと
最近常に感動しっぱなしです。
本当によく気遣ってくれるお嫁さんももらって、本当にいい夫婦です。
姉としては心底幸せです。


気が付いたらそこで2時間も経過。
帰りの新幹線は午後4時半発です。
2人とも、気は焦るんだけども動きはのんびりなので、
あぁぁ と言いながらお花や道具を買いに急ぎました。
道を何度も間違えながらもなんとか道具をそろえ、
1時間後にやっとお墓に到着。
快晴の上、山の上なのでかなり見晴らしがよく、空気もすがすがしくて
気持ちがいいです。
まるで私たちの心配は取り越し苦労だよ、とでも言われているかのようです。
コートを脱いで、さらに1時間かけて、いろいろお互いの話や昔話をしたり、
ここに眠るパパのママ(うちらのおばあちゃん)が
どれだけ優しい人だったんだろうと想像してみたりしながら
必死に掃除しました。
今日やりたいことは全部できた、一緒に来てくれて本当にありがとうと、
弟から何度も言われ、こっちこそ誘ってくれたことに感謝、感謝と言いながら、
案の定ギリギリになって走って帰りの新幹線へ乗り込みました。

今日の報告で弟がママ、パパに向けて書いたメールです。 

「パパが昨日より元気になったと聞いて2人で大喜びしています。
お墓はこれでもかというほど雑草などの掃除をして、床や周囲の枠までピカピカに
磨いて豪華な花を添え線香とロウソクを灯し、2人で書いたパパの全快を
願うご先祖様への懇願の手紙を置いて、人生2度目の土下座をし、手を合わせ
長い長い時間お祈りしました。
きっとこの気持ちが届くと思います。」

パパは、ママから私たちが今日広島へ行っていると聞いてびっくりして、
大きな目に涙を浮かべながら、しばらくの間手を合わせて有難い、
と拝んでいたそうです。

それを聞いて私たちも泣けてきました。

神様、仏様、どうか大好きなパパをお助けください。
パパのために私たちも一生懸命頑張ります!

2010年1月17日日曜日

術後〜2日目

14日、手術の日
家族や親戚、パパのお友だち全部で9人で千羽鶴を折りながら一日
中手術が終わるのを待って、パパに会えたのは朝見送ってから13時
間後の夜9時半でした。
流石に疲れた様子の先生たちから聞いたのは、病魔の進行は本当に早く
て、あと1週間遅ければ間に合わなかったかもしれない、本当に難しい状態で、ひとまず80%以上の腫瘍は取りましたとのことで、頑張ってくれたパパと先生たちに感謝の気持ちでいっぱいとともに、恐ろしい病気に震えが止まりませんでした。
ICUなのにマスクも白衣も着ないでそのままの状態でパパに会いに行く
と、頭にネットを被り、麻酔から覚め、突然の苦痛と吐き気に襲われても
のすごく苦しそうなパパがいました。

パパのそんな姿をみるのは本当に辛くてショックで、でも生きていてくれ
ることに感謝しつつ、泣きながら皆で手を握り励ましていました。
私と弟は、ボロボロに泣いて震えているママを支えながら実家へと帰り、
今も頑張っているパパを心の中で必死に励ましながら、疲れからかいつの
まにか寝ていました。
術後2日目
まだ集中治療室で、術後24時間たっていません。
術後直後は寒い寒いと言ってたけど、今日は昨日ほどではないようです。
性格変わることがあるとか、一時的にひょうきんになってびっくりすることが
あるって散々先生に脅かされていたけど、もともとひょうきんなこと言う性格なので
変わってもわかるかなぁと心配してました。。
涼くんなんて、俺のことわかる?!
なんて、直球で聞いてるし。
喉にずっとパイプが入っていたらしく、喉がガラガラで
喋るのはキツくても、変わらぬパパのまま、わかるよ〜と笑いながら言ってくれて
それだけなんだけど、なんか泣けました。

パパは右側を切開したので、常に左を下にして横向きに寝てます。頭はも
ちろん、腰も痛いと辛そう。。吐き気もあるし熱もありました。私達はオロオロしながらもパパの言うことに必死に耳を傾け、都度調整をしてあげました。
私たちにできることはこれぐらいしかありません。。

MRIとCTとった結果では、出血も痙攣もなく、術後の経過は合格点
とのこと。ただし恐ろしい病気であることに違いはありません。

今日も何人かがお見舞いにきてくれました。皆心底心配してくれて、有難
いことです。
入院と同時にお見舞いに来てくれて、手術中もずっと一緒に待ってくれた
大学のお友達と話すと、少し気が紛れるようで、家族だけではどうしても
オロオロしてしまったりじとっと傍にいるしかないので、気を紛らわせて
くれるのは本当にありがたいなぁと思いました。

もっと、お友達とかいっぱい来てほしいなぁ。
今夜はぐっすり寝て、明日はもっと元気になってると思ったら
早く会いたくてたまりませんが、それを楽しみに今夜は早めに寝ました。

2010年1月16日土曜日

やっと寝れた

今17階の部屋でパパと二人。
パパが寝そうだったからママと涼くんは8階の待合い室で仮眠とり
に行きました。
パパはやっと寝れたようで、何度かはふっと目を開けるんだけど、ちゃん
とすやすや寝息たてて寝てます^^
今日は頑張って少し歩いたし、頭痛いのは可哀想だけど、術後の経過とし
てはいいから、ちょっと苦しそうだけどひとまずは安心、安心。
こんな風にパパの顔ずーっと見てることってなかったねぇ。
パパが寝てても冗談言ってても、当たり前のようにして過ごしていたよ。
パパのこと、ママに任せっきりにして、こんな風にパパの身の回りの世話
したり気遣ってあげたことってなかったねぇ、、
私には、パパがこんな風に、いつでもどんな時も私のこと想ってくれて気
遣ってくれてたっていう実感がすごくあるってことにも改めて気づいた
よ。
友達に羨まれるくらい仲が良くていつも一緒にいる両親で、優しくて器広
くていつも思慮深くて落ち着きのある、でもひょうきんなことばっかり
言っていつも場を和やかにしてくれるパパの、愛情たっぷり受けて育って
きたってこと、本当に実感してるよ。
武器用だけど愛情豊かで、優しさの塊のママと涼くん見ても、皆たっぷり
の愛情受けてきたってことが本当によくわかる。

だけどうちら皆ワガママばかり言ってきてパパにひたすら甘えてきたね。
みーんなして、パパに(あたしと涼くんはママにも)おんぶに
抱っこで、パパって本当にすごい存在だなぁって、しみじみ、尊敬!
こんなになるまで一人で頑張ってきて、こんな形でしか恩返しできなかっ
たのかって、自分がすごく悔しいけど、でもこうして家族で四六時中いっ
しょに居てパパの役にたてるってこと、勝手ながら幸せに思ってるよ。
今は、術後で常に痛くて一人じゃ時間もわからない、枕の調節もできな
い、水も飲めないってこととか悔しいんだろうと思うけど、私たちが喜ん
で手伝うから思いっきり甘えてね^^

2010年1月14日木曜日

脳腫瘍との闘い

今、パパの手術中です。
クリスマス直後、悪性脳腫瘍が見つかってからというもの、医者、病院探しに奔走、年末年始の休みを経て、4日には国立がんセンターで最初のコンタクト、先生に薦められ、9・10日には家族水いらずでウン十年振りの家族旅行へ温泉へ、12日には入院、今日14日には手術。。
わずか1ヶ月の間に家族の毎日は激変しました。
パパは最初、検査結果を聞いてから、手がどうしても震えると言ってました。。
精密検査の結果は10万人に6、7人しかならないというもの。

なんで、ものすごく優しくてお人好しで、周りを明るくしてくれるあんなにいいパパがこんな病気にならないといけないの?
なんで、自らは欲を持たず、家族のために一生懸命頑張って生きてきた真
面目なパパにこんな試練を与えるの?
ママは毎日泣きはらしてまぶたがすっかり腫れ上がり、顔中が涙でぐちょ
ぐちょになるので化粧水とか痛くて何もつけられなくなってしまいました。
家族皆で、願い事を書いた紙をいっぱい用意して、必ず治るって強く念じました。

今朝8:40に送り出して、9時半に手術が開始されてから、もう10時間近くかかってす。
ずっと千羽鶴折ってたけど、さすがに待ってる皆にも疲労が漂います。

こんな長時間、、医者って凄いね。
パパ頑張ってて偉いよ。
パパも先生たちも、本当に頑張ってほしい。
すぐ側で、家族、親戚皆で必死にお祈りしてるからね。
パパもうちょっとだからね、頑張れ!!